今日も友人と話したのですが、、
親というもの、それが些細なことでも、大変なことでも
子供に関することは、悩まずにはおれない。
子供は親に色々打ち明け話をする。そのたびに親はヒエ~~!
となる。というのは
友人の弁。
確かにそう。
子供が「ああしようか」といえば、えっ!そうなの!!と思い、
「いや、やっぱこうしようか」というば、ええ~それは!!と戸惑う。
・・・なんのこっちゃ!?
そういうあたくしも(あたくし?)、ここ数日、心配事、悩み事、満載である。
どれに焦点をあてたら良いのか、、
別に悩みは敵ではないけど、四面楚歌、といった所?
いえ、学の無いわたくしのこと、そもそも四面楚歌などという四字熟語?
は知らなかったのですが、
ある尊敬する人が言っていたのです。
当時も、私は何か考え込んでいて、その考え込んでいる内容を話したのですね。
すると
「四面楚歌という状態ですね。ですが『四面楚歌、しかしまだ上と下がある』という
言葉もありますよ」と言われたのです。
最近、「どうにもならない状態」に囲まれ、その四面楚歌?のような気分で、
簡単に「上と下」の出口が見えたらいいのですが、
なんだか上と下は、隠れている事柄のようにも思え、なかなか身動きのとれない気分なのです。
よく母が言う言葉で、
「痛いのは生きている証拠」というのがあります。
高齢で腰や足の痛い母は、その痛みは若い(?)私らが言う、「あ~ダル痛~
」
などと言ったレベルではなく、全く生活に困難をきたすほどのものなのですが、
それでも「生きている証拠や!」と言います。
そっかー。すごいね~なんてテキトーに聞き流してきたのですが、
最近の私には、重い?言葉にも思えます。
私が(たとえば)とある人を思い、心配するのは、生きている証拠?
その対象が生きている証拠?存在している証拠?
そればらば、どのように苦しくても、存在している証拠なら、感謝して受け入れて
行こう!とも思えます。
今日は車の点検で、車がありませんでした。
テクテク歩いて市役所や買い物に行きました。
今日は暑かったから、やれやれ~なんて思いましたが、
こんな当たり前の日常を、当たり前に過ごせるのは、とても有り難いことなのだなー
と改めて思いました。
なんとなく思ったことですので、なんとなく読んでくださいね(*^ー^)![]()