今年ももうわずかですね。


今年を振り返り、三つの心に残ることがありました。


まずは最近のことで身近な者が大けがをしました。(今は回復しています)


それと初夏のころに、なかなか心の内を明かすことが出来ない私は、沢山の話を


聞いてもらう機会に恵まれました。


もう一つは春にこの地上から旅立った父のことです。


今日はその父の話をします。


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もうずいぶん前の話になるのですが、私は父の通った高校を受験しました。


県立高校です。


父が入ったころは割と優秀?でないと上がれなかったといううわさもあるのですが、私が受験したころは


特別ガツガツ勉強をしなくても合格できるレベルでした。


私はその高校に入学したいと思っていましたので、正直自分の持っている偏差値では


オツリが来るかな~などと軽く考えていました。


そのため、いわゆる「滑り止め」として受ける私立高校はハイレベルなところを受験し、


案のごとく「不合格」をもらっていました。


というわけで、その行きたい県立高校がすべったら、どこか二次試験を探さなくては


ならなく、そうなると私立高校になりますので(授業料が高い!)、この県立高校はどうしても合格しなくて


はなりません。


そして受験し、あがり症な私は、得意とする学科までボーっとして自信の持てる出来栄えでは


ありませんでした。


きっとダメだ!!


と思った私は、高校の敷地内の合格発表の掲示板を一人で見にいくことが出来ずに


父と行きました。


そして校門のあたりでそれから先へは歩むことができずに


「おとうさん、見てきて・・」ということに。


父が一人で中まで進み、見に行きました。


父は口数は多くはないのですが、感情とか思いとかは全身から読み取れます。


とくに楽しそうなとき、表情から「喜び」があふれでるのです。(あとは悲しみもそうです)



さて、合格発表を見て戻ってくる父を見て、


あ~~良かったーー!合格


父の姿からわかりました。





その父も高齢になり、認知症を患いました。


やはり高齢で身体の弱い母との二人ぐらしですので、父は特養に入りました。


特養に入るまでのころは、父は「苦虫」をかみつぶしたような表情で


(たぶん)不安などと戦っていたのだと思います。


ですが、特養に入り、母も頻繁に会いに行き、父は認知症はありましたが


表情はとても和やかなものとなりました。



そして、、今年の春、直接の原因は誤嚥性の肺炎でした。病院へ移ることもなく


特養の方の「慣れたお部屋で」という計らいに家族もお願いしてとても落ち着いた


お部屋で最期となりました。


だんだん母と私の「しょーもない」話は耳に留まらなくなっていったようで、


ただ私の読む聖書の言葉を目を輝かして聞いていました。



そして本当に最後の最期は、うっすら目に涙を浮かべ微笑んで召されていきました。


目はこちらを見ていず、何かを見ているように輝いていました。



私にとって、とても大きな存在である父とのこの世でのお別れでした。


クローバー「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたし(イエス・キリスト)を


 信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに


 言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。


 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに


 迎えます。わたしのいる所に、あなたがたもおらせるためです。」

                      新約聖書ヨハネによる福音書14、1~3



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