土曜日、台風の影響で、太陽が姿を隠し、いつもの灼熱地獄のような暑さも少し
和らいだので、実家へ行った際に、母とどこかへ出かけようか~?ということに
なりました。
「川越」「盆栽村」「鉄道博物館」の(車で30分以内で着くところ)三つから
母に選んでもらったら、
あんたの好きなとこへ行き~。でも鉄道博物館なんて、なんや興味あるなぁ、と
言うので、
(言いたくないけど)中年女と後期高齢者のおばあさん、二人連れだって、いざ!鉄道博物館へ![]()
知っている人は多いと思うけど、、本当に面白かった![]()
実物のレトロな電車が沢山並んでいて、母といちいち説明を読んでは、ハ~とか
ヘ~とか。(笑)
御料車(天皇とか皇族が移動するときに乗る電車)も、何台もありました。
それを見て、
「あぁ、これお召列車やわ。私ら子供のころ、京都によう皇族の人来て、お召列車が
通ると、まだ見えへんときから頭下げて、ずっと過ぎてから頭上げてな・・
こんなんやったんやな~」とひとしきり、感心する母。
こういう「生きた」話って、目の前の電車等をよりいっそうリアルにするし、母と来ると
面白いわ。
それと0系の新幹線に、私ら興味津々。
丁度自分、小学生ぐらいだったころ、京都のおばあちゃんの家に行くときに
この0系の新幹線に乗ったからです。新幹線の内部も展示してあって、冷たい飲料水が
出たのは、そうそう!こんなだったよ~。とか、窓の所のお弁当を置く台とか、本当に
懐かしい。。
置かれてあったパンフにやはり0系新幹線の内部の色々な写真があったのですが、、
「食堂車」の画像がそこにあったのです。食堂車両ということですね。
それを見たとたん、母はなんだか寂しそうに
「あ~これ、うち余裕なかったし、連れていってあげられへんかったな・・」とポツリ。
行かしてあげたかったけど、と言わんばかりに、独り言のように言うのです。
私は当時めっちゃこの食堂車には行ってみたかったし、電車で食事をしながら景色が
流れていく!って、どんなにステキなことでしょう!と思っていたけど、
それはいわゆる「ぜいたく」の部類に入り、たまたま里が関西であった我が家は
それだけで、家族4人が新幹線で往復するのだし、それ以上余分なおねだりは
子供心にも出来ませんでした。
でも、母はきっと食堂車に乗りたかったのでしょうね。
余談だが・・
私の子供のころの洋服は母のお手製が多く、、がお手製といっても「裸じゃなきゃ
いいでしょ!」てな風でなく(どんなだ?)
レースをが付いていたり、リボンが付いていたり、ワンピース全部が総レースの生地だったりと
だいたい、クルクルっと回ると落下傘みたいにスカートが広がったりする
お店で売っていない可愛らしいものが多かったです。
また冬はセーターも母の手編み、ズボンも細見のカッコいいのを母が縫ってくれていました。
そんな風で学校へ行っても先生が「ステキね~」と私の洋服をつまんでしげしげと
眺めるぐらいですから、私は「余裕がなかったから」お手製とは思いませんでした。
最近、母と昔のアルバムを見ているとき、母はこんなことを言いました。
「このお兄ちゃんのサロペットもみんな自分で縫ったんやったな~。近所の人は
〇〇さん、こんな服いちいち縫わなくてもお店にいけばいっぱい売っているわよ、なんて
言うたけど、沢山洋服買うてあげられへんから、お母さんみんな自分で作ったんや・・」
母は、少し引っ込み思案なので、かなりキツイことも突っ込まれて言われたのでしょう。
一見、おっとりした身のこなしで、セコセコしていないから(父も母も)「生活に余裕がない」とは
子供は感じなかったけど、
ちょっと気をつけて聞いているいると、両親がいかに工夫しながら、私たちを大きくしてくれた
のを思います。
土曜日は二人だけの遠足のようでした。幸い車いすが借りられたので、長く歩く部分は
母にそれに腰かけてもらっての移動でしたので、母は疲れなかったと言いました。
私は少々疲れました(笑)
ですが、、とても感謝な1日となりましたので、嬉しい疲れですね♪
長々と読んでくださり、ども~~![]()
