木曜日、実家のある市内総合病院へ行ったきた。
現在、特養にいる父の以前骨折した箇所の定期診断を受ける為だ。
母と直接、総合病院へ行ったら、ひと足早く父は、特養の職員さんに連れられて
総合病院に到着していた。
*☆*:;;;:*☆*:;;;:
ところで、、私はとても父に愛されていたのに、父に甘えたことがほとんど無い。
かろうじて甘えたといえば、、
行き当たりばったりな性格な私は小さいころよく、コタツで寝てしまった。
しばらく気持ちよくまどろんで?いると、母の「また、ミィちゃんコタツで寝てるわぁ~。
風邪ひいてしまうわ・・」という声と同時に父がガッチリと私を抱きかかえ
布団まで運んでくれたのだが、、その時に「わたし、目が覚めているよ」と
言う声を飲み込んで、自分で歩かず、父にそのまま、ダッコされて運んでもらったのが
甘えといえば甘えだったのか。。
父はなんていうのだろう・・、たとえば発言するにしても、あまり何も考えず声を
発するということが極めて少なく、そのため、私ら(おしゃべり)家族が
思い思いに語るときにほとんど黙って聞いていて、それでいて、自分の意見は
はっきりと持っていた。
さて、そんな父も高齢になり、激しい症状の認知に見舞われ、
母も大変な日々を送った後、現在は特養に居るのだが、、
ここ数年は(以前の父でなく)すっかりそんな父が「父らしさ」として、私に根付いて
しまっていた。
昔は父の身体に触れるというのはあり得なかったのだが、今は握手したり、
外れかけたマスクを耳にかけてあげるときなど、父の(まるで)母親みたいな気持ちに
なったりするのである。
総合病院では多少待たされた・・。父も院内の温かさもあり目も半分閉じかけており
夢かうつつか・・という表情をしていた。その表情を見て(私も少し眠かったので)
思わず「お父さん、なんか眠くなるよね~」と、若かったころの父には決して言わないで
あろう、言葉を投げかけた。
すると父は、
「どうぞ、お休みください」と私に優しく言ったのだ!
こりゃ、どうも♪などとすぐにグーッ!と寝られはずもありません。いきなり
(元の)父らしさに触れ、眠気など吹っ飛んでしまいました。
あ、長いね。。。![]()
父は高齢になり、特養に居る現在でも「私はまだまだ頑張るぞ!」とよく
言います。この日も、話の合間に「私もまだまだしっかりいきますよ!」と言っていた。
大分、お年寄り症状も出ているので「はい、はい」と聞き流していますと、、
少し経ち、何かを考えていたのか?いきなり
「イエス・キリストの御名によりアーメン」と言った。
唐突なようであるし、父が何を思っているかはわからないけど、
私は私になりに、
イエスさまが、私たちのために、命を捨ててそうして私は生きる者となった。
その御名ゆえ、何がこの地上であろうと、前を向いて生きていく、、と
いう思いを父は言ったのか?と、そう私は思っている。。