特養にいる父のところへ母と二人で会いに行ってきた。


「こんちは~」と父の横顔に言うと、


父は顔を輝かし「あれ~、どちらさまですか~?」と言う。


次に、後から入ってきた母を見て、「これはこれはどちらさまですか~?」と言う。


ムムッ・・!


少しお年寄り症状がある父だったので、とうとう私たちまでわからなく!?と


たじろぎ、、


母が「お父さん、わからへんのんか?」とちょっと慌て気味に言うと、


しばらくニヤニヤした後、


「冗談じゃないかーー♪」と言った。


心の中で「コノヤロー」と言い、笑えてきた。




さて、父の母、そう父方の祖母のことは私は覚えていない。


それどころか、父も自分の母のことを覚えていない。


祖母は50近くで末っ子の父を生み、その後4年ほどで他界したからだ。


そのため、父から、その祖母の話を聞いたことはなかった。



それであるのに、、父は最近その母である祖母の名を良く口にするのだと


母は言う。


「鈴さん」という名だったらしい。


ちなみに母方の祖母は「静さん」と言った。


まさか、少々認知の入った父が、母方の祖母の名を少しなまって


すずさん、と言ったのか?、というわけではない。


鈴さんで、間違いはないようだ。



数年前、まだ父が「普通」であり、父のお兄さん方もたくさん生きているときのこと、


その中の一人のお兄さんが亡くなった。


父の兄弟も全国的に散らばって住んでおり、私には会った記憶のない


方も沢山お葬式に来ていた。


名古屋から来ていたお兄さんが私を見て言った。


「死んだお母さんによく似ている」と。


そのお兄さんは父より、たぶん5歳以上は年上だろうから、その母の顔を


覚えていたのかもしれない。



さて、父の話に戻るが、、


幸せなことに、妻である母は、どちらかというと、、妻や女性というよりは


母親のような妻だったように私には見受けられる。


母は長女で、すぐ上にお兄さんがいるが、その人がものすごく病弱だったため


こどものころから、家事や弟妹の世話まで一手に引き受けていたそうだ。



母方の祖母は大変、気丈で厳しい人だったためか、ちょっとやそっとでは


母を褒めたりしなかったようだ。


母が非常に我慢強く、感情的にならない性格なのは、生まれ持った性格も


あると思うが、そんな日常からも培われていったものとも思われる。



そのため、自由気ままに育った父を、冷静に上手に接していったようだ。



父はもしかしたら、本当に数年後には私たちがわからなくなるかもしれない。


私や母を「鈴さん」と呼ぶようになるかもしれない。



小さなことでも「神さま、ありがとうございます。感謝します!」と言う(会話からいきなり


お祈り口調になるのは、お年寄り症状ということにして(;^_^A)


とても素直でかわいくなってしまった父を見ていると、


お母さんに甘えることを知らなかった父が愛おしく、今では二人、鈴さんが


いるからね!と言ってあげたくなってみたりするのである。。