先週の金曜日におねえさまのような友人と一緒に聖書を読んで二時間ほど


過ごしました。


前回の記事にも書いた通り創世記から(聖書の初めから)読んでいます。


今日は何章、とか決めずに進めたいと思ったところまで読んでいきます。


で、色々と語りあって、前章に戻ったり、新約聖書に飛んだり。ロケット



クローバー「人がひとりでいるのは良くない。彼のためにふさわしい助け手をつくろう」

                      (創世記2章18節)


もし、自分ひとりで読んでいたら、「ふーん」とも思わずに、さぁ~と読み進んで


しまうであろうこの箇所、


おねえさまはこの箇所の「助け手」を指摘されたのです。


「ミィちゃん、神さまは女性を『助け手』として作られたんだよ」と。


これはたぶん私が、、


自分のだんなはんが、汗まみれ埃まみれになり、それを目の当たりにしているのに


自分は(家族が多く用事は多いけど)そこまでシンドイことはしていない。


これでいいのか?これに甘じていていいのか?


といったようなことを言ったからだと思うのです。


(もちろん、自分の限界もあるし、現実に力仕事を手伝える、出来る、と思っている


 わけではなく、ただ気持ち的な面でこの思いがまとわりついているのです)


さきほど指摘してくれた聖書の「助け手」といった箇所を読み、


「そうか~~。神さまは女性を(その夫の)助け手として造られたのかー」と


それであったら、「助け手」の位置取りでいいのだ。精一杯自分の役割を果たせば


いいのだ!と思えたのです。


とても楽になりました。


いえ、もしサラリーマンかなにかで自分の目につかないところで汗水ながしているの


なら、(私のことですから)そうは思わないのでしょうけど!なんせ、自営だしね!べーっだ!


ジャンジャン音譜