昨日の強いめまいは治まりましたが、


まだ船酔い(車酔いでも・・)のようなムカムカ感があり、


食欲もありませんので(珍しいヽ(*'0'*)ツ)



家事は出来そうなときに、目の前のことをし、そして出来そうでも


焦って沢山しない様、無理のない程度に抑えてしています。



なので11時半の現在、すでに昼食の支度は終え、なおかつ少し


冷めています。。



こんな風に、でんでんむしのごとく歩き、用事をしていると、


今まで気がつかなかったことをちょっと思ってもみたりします。



年寄りや、身体に何らの障害のある人はこのように


生活しているのだな。。



自分が、スローペースで、(先々の予定を立てるでもなく)


目の前のことをひとつずつ済ましていると、


なんとなく義父さんや義母さんと呼吸が合っているというか、


ペースが合っている気がするのです。(共に高齢です)



とかく弱者(高齢者とか)には「寄り添う」態度ということが


大事とかって言われますよね。。



本当に「寄り添う」とはどういうことか?


普段、自分同居の年寄りに寄り添っているつもりでした。


焦らしたり、ましてや邪魔あつかいはしていないつもりでしたが、


本当のところは実に「焦らせていた」ということが


わかります。


このたびの「吐き気」を右手に「めまい」を左手に仲良く?


過ごしてみてやっと


おじいさんおばあさんのテンポに寄り添うがごとくに歩めている?


という感じがいたします。



何かで「降りていく生き方」という言葉を聞いたことがありますが、


このようなことをいうのかしらん?とも思われます。



そして、どうしても一言添えたいのは


本当に「寄り添える」のは


私たちの罪の身代わりとして十字架に掛られ死なれた、イエス・キリストだけ


だな、と思わせられます。



元気になって再び、自分中心に生活が回っているかのように


生活するかもしれませんが、「降りていく行き方」を心の隅に


忘れずにいきたいものです。


パー(もし、身内が読んでいたら、PCに向かう元気があるので


心配の無いよう、おたのもうします~)