ちっとも書こうと思うことがまとまってもいず、


また話がどちらにいくかもわからない状態で書きますので、


そこのところ、ヨロシク。パー



最近のことです。


よく思うこと、、子育てに忙しい娘にお洋服なり靴なり買ってあげたい!と店先で


沢山並んでいる商品を見て、そう思います。



でも、独身の頃のイメージのファッションを今でも好きかしら?


と思うと、おいそれと選ぶことも出来ずにいて・・



先日、孫に会いに行った際にその日の朝刊に入っていた


「しまむ〇」のチラシを持っていった。


で、「いま、どんな感じのがすきなの~?」と聞いたら、


「洋服買いに行けないんだよね~(子育てに忙しい)」とかいいながら


「だいたいこんなタイプかな~」とか言いながら


チラシに〇をつけていった。



あ、こんな感じなんだ!と思いつつ、でも〇をしたくらいだから、


これ購入したら着るだろうな。。


と思ったので、次の日早速「しま〇ら」に行ってみた。


娘が〇したのはなかなか人気らしく、マネキンが着ているのが最後で


それを脱がして買ってきました。(また、いきなり「です」「ます」調(;^_^A)



さて、今回は「し〇むら」でかなりお財布にやさしいラブラブお値段だが


たとえ、もうちょっと値の張るオシャレなお店でも、


娘に着させたいな~と気持ちがつい店先の服に向かうのです。



普段、そんな風だから、たとえ安くても娘の着るものを送ったという行為は


とても嬉しいドキドキこと



さて、そういうからには、心で色々思ってしている行為、さぞ娘の「反応」を


楽しみにしているか?と思うかと思います。


が、それはそうではなく(?)



反応は少しでいいのです。


「あ!どもね~。ありがとありがと」


でいいのです。



そう、(反応を)見なくてもきっと私が切ないほど、娘を大事に思い、心でその生活を


心配し、愛しく思っている、というのは伝わっている、と信じて


いるのです。


もしかしたら、さほど(向こうは)大きく感じていなくてもそれでも


信じているのです。


そう(あえて言うと)私の中に娘への真実がある、ってことでしょうか。



それは対娘でなくても言えることですが・・



なので、(誰に)何をするのも(相手が)何を喜ぶか?などと


あまり考えませんし、


こちらの(自己満足とは言いませんが)気持ちで行うことなので


相手の反応は実にさりげなく見ています。


気にしていないか?というと少しは気にかかりますが、


なんというか。。こちらの思いが強いと、反応されると照れくさくなって


しまいますので、


「反応」は少しでいいのです。



なぜ、こんなことを長々と書いているのか?と自問自答してしまいますが、


ちょっとある人のブログを読んで書いてみたくなったので。



失礼しましたパー