自分の生活の一部で
どうしても解決のめどが立たない事がらがある。
そのことはいつも心にあり、たとえ「楽しい」と思われる
時も心から忘れたことはない、
つもりだった。
決して「先延ばし」にしているつもりはないのだが・・
あまりに表面上は変わらず、日々が過ぎてゆくので
どこか「今はこのままで仕方ない」と決めてかかっていたところが
あったのかもしれない。。
その事がらが急遽「このようにしてはどうか?」と
第三者に提案され、その提案はいままでの
「でも、そのように、私らも思うけど、どうしようもないのよね・・」と
答えていたものと違い、
「そうだな・・そうすべきときが来たのかもしれない」と
思わせられるものであったのだ。
しかし、前に進むには、やはりどのように手順をつけ、
誰に相談していったらよいのか悩むべき点が
多いのも事実なのである。
それに一番の問題点は、前に進むにあたり、私自身が
果てしなく「自信の無さ」が立ちはだかるのだ。
認めたくないけど、これは大きい。
そんなこんなでこのところ、、気がついたら、「そのこと」で
頭は占められていて、
体力まで奪われたのでは?というほどぐったりしていた。
目先の用事をこなすのに、精一杯といったところ。
そんなとき・・
私自身はマイブログ内では「しょーもないこと」ばかり書いているのに・・
気がつけばクリスチャンの人のブロガーさんとも行き来が増えてきて
いて・・
その一人の方のブログに詩篇の中の一節が載せられていた。
この日は主が創られた。この日を楽しみ喜ぼう![]()
旧約聖書詩篇118篇24節
私は、それを読み、そうだったのだ!と我に返った。
自分の口語訳聖書のその箇所を読んだら
これは主が設けられた日であって、われらはこの日に喜び
楽しむであろう
(詩篇118篇24節)
と書いてあった。
旅行や、デート(?)のようなワクワク
の日にだけ
当てはめられる聖句でないこと重々承知していたつもりなのに・・
「待ったなし」の状況でまったくあたふたしていた自分に気がついた。。
本当に、たった一行の御ことばがそのときの自分の有り方を客観的
に気づかせてくれ、気持ちを静めてくれることを改めて嬉しく思ったのである。
これから、短くても詩篇とか読みやすい御ことばを自分ブログにも
載せていきたいな~と思った今日である。
(ちなみに「デートのようなワクワク
・・」とは書いてみたかった
だけである。)![]()