昨日、とある場所でとある人と難しい話をしました、というようり話が流れていきました。


いえ、私以外の人は難しくなく日常考えていることなのであり、


普通のことでしょうが、、とりあえず何でも目の前のこと、人、などを


「善」と信じて受け取る私にはジワジワと衝撃的でもありました。(もちろん「善」でない事柄は


反射的にわかります。)




少々、気持ち的にも悶々とした後味はありましたが、、


今日は話していただいたことのすべてはわかりませんが、どういったことなのか


大体傾向?がわかりました。(と言ってしまっていいのだろうか・・?(;^_^A)



さて、最近聖書のエペソ人への手紙、(奥深いです)それもさわりの部分を


祈りつつ、心に保留している日々であります。


学べば学ぶほど、その深さに圧倒されるばかりで、


ホント、微かに足を出しているのかしらん?と、そんな感じです。



聖書以外に解説書のF.Fブルース著「エペソ人への手紙」を読んでいます。


その中の一文。


チューリップ赤すなわち、神がみこころのままに、あることを一度そうなるようにと


 定められたなら、神の知恵と力と愛が一致して、神がご計画されたことが


 成就されるようにと、ことの成り行きを秩序立て、支配し、すべてのことを


 働かせてくださるのです。


 罪やその他の邪悪なことでさえも、それらがどれほど神のみこころに反するものでも、


 神の栄光と祝福という目的に役に立つように神によって変えられうるのです。


 このことは、受肉された神の御子を拒み、殺すという罪の中の罪が、福音に


 よるすべての祝福が信じる者たちのために確保される方法に、神の御手によって


 変えられたことによって非常に明瞭に示されていますチューリップピンク



すごいですね。。


何を書こうとしていたのか、なんだかわからなくなってしまいました。。汗



このことは、私は、「宗教のおしえ」だと思っていません。


これは本当にその通りだと思います。



これらの真理の中に「宗教間のトラブル」の入る余地は


無い、と思います。


さて・・尻切れトンボみたいな納まりの悪い終りですが、


今日はこの辺でパー


母は無事、心臓手術を終え退院しました。


ご心配いただいた方々、どうもありがとうございましたブーケ1