今日は、まったく何のネタも思い浮かびませんので、


皆さんの記事を読み、ブログはThe endにしようかと思ったいたのですが


とある方の記事を読み、


古い記憶が蘇ってきました。。ので書きます。




その方も「おてんば」だったと書いていましたが、


私のおてんばぶりも負けず劣らずですのでパー


ですが、今日はおてんばぶりの話でなく、「泣かない子」だったという話です。


今日は第一弾クラッカー(第二弾以降があるかはナゾですが(;^_^A)



それは両親から聞いた話で、そう、まだ私が物心の付く前のたぶん


3歳のころの話です。



そのころ、父は、なんていうのかな?カブとかっていうのかな?


よくわからないのだが・・早くいえば


「とっつぁんバイク」みたいなバイクに乗っていました。


(↑書きながら、わたし、笑ってますにひひ



そのバイクのマフラーが少し切れて、切れたところが反れて飛び出して?


いたらしいのです。


私は父の腕の間にある子供用の椅子に座っていた(らしい)のですが


微かな記憶があるのですが、たぶん飛び降りるように、バイクから


降りたのです。


自分、子供のころは、縁側から飛び降りる、玄関から飛び出す、


というタイプの間違っても「しとやか」な子ではありませんでした。


兄にいわすと、「足音で」○○が帰ってきたのがわかる!とのことでした。(-""-;)



さて、話を戻し、


バイクから飛び降りた私、みごとに切れたマフラーで足をぱっくり割るように


切ったのですって。


驚いた父は、すぐに医者に連れていったのですが、、


あろうことか、そのお医者さん、麻酔もなにもせずに


いきなり割れたキズ口を針でザクザク縫い始めたのですって。



父はジッと見ていることが出来ずに思わずキズ口から目を背けたとのこと。


そして私はというと、


針がささった瞬間、


「ギャッビックリマーク」と言ったきり、あとは歯をくいしばるように


縫っているのを見ていたのですって。。。


なんつー子だ汗



ガマン強いのかしらん?とも思いましたが、、


今から思うと、心から信頼していた父が連れてきたところ、父もいる、


そしてこのような状況。


これはもう、諦めるしかない、と子供心にも


そんなふうに心が動いたのだと思います。



えっ?子供がそんなことを考えないって?


そんなことはないと思います。


またまた余談ですが、、


自分、幼稚園が嫌いでした。それは見たこともないような荒っぽい子や、


ビックリするぐらい自己主張をする子がいて、そんな子が


恐くて苦手だったのです。


でも「いきたくない」というと


父や母が心配する、悩む!とはっきり自覚して、「ここはガマンして


通いとおすしかないな。。」と思い、ニコニコして出かけたからです。


子供って健気ですね~♪



だから、針で縫われるときも、


「父がいる」という一事でガマンできたのだと思います。



さてこれが第一弾です。


次があるかしらね~音譜


あ、その傷跡は今もふくらはぎの内側にあります。今でも5cm以上ある傷跡、


小さな子供の足にさぞかし大きな怪我だったことがわかります(;^_^A