第3回:「経済予測」 (鈴木正俊) | 本棚

第3回:「経済予測」 (鈴木正俊)

◆経済予測:景気予測の意味を知りたい人に・・

景気予測とは皆さんも新聞紙面やTV1度は見たことがある、「年間GDP成長率~%の見込み」、とかいうやつです。本著はこうした景気予測値が一体「何を基準に、誰が、どうやって作っているのか」という点を説明し、更に「どのような思惑が織り込まれて発表されているのか」まで言及されています。「エコノミストは常に間違う」とか「経済学を知らないエコノミスト達」、「エコノミストは信用できるか」と言った類の本が出ていますが、そういう向きも含んでいる著書です。

日本の経済が1年間にどれだけ大きくなったのか、を示すGDP成長率は旧経済企画庁、今の内閣府が作っています(この本が書かれた頃は経企庁)。景気予測については、少しでも下手なことを書くと方々から集中砲火を受けそうですから余り下手なことは書きません。年中統計と睨めっこして、「・・統計は実態より~%上向きに出るクセがある」という事までマニアックに追求されている方も居るくらいの世界なので、変なこと言うと後が怖そうです。

が、「そんな予測も所詮当たらない、特に政府が出している予測の実績は予測と呼べる代物ではない」、とバッサリいっているのが本著です。実際のところ、他の民間シンクタンクの予測実績(予測値と実績値の絶対値平均誤差を測定)は政府よりも優れている、と本著の一部分は述べています(しかし、民間シンクタンクの予測も褒められた実績ではありません。より悪い、のが政府の予測、ということです)

東大出て、海外のマスターまで(税金で)取った人間を寄せ集めて何故そうなのか?そういう観点が結構痛快でした。原因はエコノミストそもそもの腕前も含め色々あるようですが、最も本著で強調されていて面白かったのは「省庁間の妥協の産物としてのGDP」というくだりです。財務省(旧大蔵省)は高成長を予測すれば、税金は名目GDPに課税するので、税収が増え、結果として大型の予算編成が可能になり、結果として強気の予測を好む、ということです。経済産業省(旧通産省)も、また、(一応は)産業界の代弁者であるので、強気の予測を欲する傾向があるようです。しかし、エコノミスト集団である内閣府(旧経済企画庁)は理論に裏打ちされた数字を正直に提示したい、らしいので、ここに、省庁間の綱引きが発生する土壌が生まれます。各省庁の幹部級による紆余曲折を経た上でGDP数値は我々の元に届けられるそうです。(本著は10年前の本ですので、今はどうかは知りません)。だから、内閣府が3%を望み、財務・経産両省が2%を望んでいれば、結果として「2.5%」という折衷案で発表してしまうのは決して珍しいことではないそうです。


 こういった政府発の経済分析を100%悪いことだ、と断罪して良いかは難しい問題だと思います。政府は民間シンクタンクと背負っている物が違います。別に政府が偉い、というわけでは有りませんが、1億3千万の生活を預かっている以上、公表する情報にはいちいち政治的配慮は入れざるを得ないでしょうし、時に国外への配慮だって含まれてくるでしょう。勿論、しっかりと理論に裏打ちされたGDP値に省庁の手心を加えることは、民間企業で言えば「粉飾決算」に当たると、という指摘も一理あります。公共経営という分野が近年頭角を現し始めているようですが(※New-Public-Management,とか言われる)、そういった意味では“日の丸株式会社”の業績予想でもあるGDP予測に人為的手心を加えるのは決して良いことではないででしょう。

しかし、個人的には、○×総研や△□証券と同じような思惑で自国経済の客観分析は確かに難しいのではないかと思います。残念ですけど。“経済予測は予測というよりもはや占い”、そんな予測も過去にあったと本著にはありますが、それには諸般の事情が幾ばくか織り込まれた結果でもあります。



大して勉強もせず、また知ろうともせず、「経済学なんて役に立たない」という指摘は私は余りにも思慮に欠けると思います。確かにこれだけ世の中に幅を利かせながら、決定的な合理的根拠に欠く学問は他に無い、とは思います。ですが、経済学が無ければ政府の経済政策は殆ど放置プレイです。当たらなくとも経済理論があるから、その公共事業の効果が分析できたりするわけです。公共事業をドカーンとやって景気がちょっとでも上向いたら「ほら、財政出動のおかげだ」と政治家に言われてしまった時、経済学の見地が無ければ反駁は難しいと思われます。本当にその政策が景気浮揚に一役買ったかどうか、何がどれ位経済に寄与したのか、そうした因果関係の証明は経済学以外では難儀です。また、当然本著にあるGDP予測のような一国の成長会計についての議論も経済学しか出来ません。来年~%成長するか、という細かな部分は確かに当たらないかもしれません。しかし、それでも経済理論があるお陰で、自分たちの国(経済)が上向いているのか、下向いているのか位は把握できますし、どの部分が弱含んでいるのかも分かります。そしてその上下動の転換点を精緻に指摘できるのが有能なエコノミスト、ということになります。転換点をズバッと当てるのは難しいでしょうが、少なくとも景気の先行きを指摘してくれるのならそれで十分だと私は思います。天気予報じゃないんですから、多くの人は経済予測が外れたからって無意味だ!と怒る必要は無いと思いますが。。。


経済学はある程度は政策への検証機能を果たしていると言えます。何となく世の中では悪評名高い「地域振興券」政策も、分析してみると所得税減税と同効果だったことが知られています。旧来の減税政策の効果の域を脱しなかったわけですから決して画期的な策だったとは言えないでしょうが、一方で安易に「意味が無い愚策だ」と一刀両断することも決して正しいとは言えないはずです。経済学の信頼性について問いを投げかける本が最近またよく書店で見かけるようになってきたので、また読んでいきないと思います。