http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q3/544755/
「私の体より大きいわ」と笑い出す女性の横で、「ここはシャープのブースじゃないぞ」と冗談交じりの野次が飛ぶ――。韓国サムスン電子や蘭フィリップスの液晶テレビ展示ブースを、シャープの液晶テレビ「アクオス」が、来場者と一緒に我が物顔で歩いたのだから無理もない。
これは8月31日からドイツ・ベルリンで開催された世界最大級の電化製品見本市「2007年国際コンシューマー・エレクトロニクス展(IFA)」での1コマだ。見本市の会場では、出展企業が自社の宣伝を兼ねて、パンフレットを入れる手提げ袋を配ることが多い。ただ、シャープが用意した袋は、アクオス46型の実物大。縦が約70cm、横も約1m10cmという特大サイズだ。商品写真が実物大で印刷してあるから、ライバル社のブースをアクオスが闊歩しているように見える。注目度は抜群だ。
会場の中だけではない。展示会場に近いテーゲル空港では、1辺の長さが約15mで観光バスより長い巨大なアクオスの看板が、世界各地から到着した来場者を待ち受けていた。「シャープは気合いが入っている。IFAを欧州での決意表明の場にしているようだ」。日本の家電メーカー幹部はこう受け止めた。
まさにその通り。「今のままのシェアでいるつもりはない。3年後をメドに(欧州での)シェアを12~15%まで持っていきたい」。シャープの片山幹雄社長はIFAの会場で言い切った。
シャープは日本での液晶テレビ販売シェアが47.8%(2007年1~6月、ディスプレイサーチ調べ)とトップ。全世界でもシェア12.4%(同)で、サムスン、ソニーに次ぐ3位につけている。ところが欧州でのシェアは6.7%(同)止まりで、存在感は小さい。そのシャープが、世界最大の市場である欧州でのシェア倍増を宣言した。
「世界でもここだけ」の新工場
シャープは今後、3つの切り口で欧州での販売拡大とシェア向上を図る。まずは、コスト競争力を持った生産体制の整備だ。欧州でも薄型テレビの価格下落は進んでおり、「今年の価格下落は想定を10%以上、上回るペース」(日系電機メーカー)。シャープは、ポーランドに欧州2番目の工場として建設した新工場で市場に対応する。1月から半製品の生産を開始、7月からは完成品までの一貫生産が始まっている。
シャープの新工場と言えば、2010年の操業を目指して大阪・堺に液晶工場を建設すると7月31日に発表したばかり。ガラスやカラーフィルターなど、液晶テレビ製造の“前工程”に当たる工程の部材メーカーが同じ敷地に進出することが話題になった。
対するポーランド工場は、液晶テレビのバックライト関連など“後工程”に相当するメーカーを敷地内に誘致した。バックライトの拡散板などを製造する住友化学、ベゼルと呼ばれる枠などを手がける天昇電気工業など、日系大手だけでも7社に上る。後工程の集約は、「日本でやりたくてもできなかった。世界でここだけ」(片山社長)の新方式だ。
後工程のメーカーを敷地内に誘致した意味は大きい。これまで欧州市場には主にスペイン工場で組み立てた製品を供給していたが、市場の変化への対応では課題を残していた。市場の拡大に商品供給が追いつかず、日本などから半製品や部品を空輸することも多くなっていたという。「船便だと到着まで1カ月半が必要。機会損失を生むだけでなく、市場での価格下落も進む。空輸だと1週間だが利益は大幅に減る」とシャープの幹部は言う。
特に後工程で使う部品は、かさばるうえに重量があるものが多く、物流コストの軽減が悩みの種だった。その点、ポーランド工場では、半製品の後工程に必要な部品メーカーが同じ敷地にあるため、低コストで機動的な発注が可能になる。ポーランド工場で製造した半製品をスペイン工場に陸送する場合も、「航空便より速く、他の海外工場からの船便より安い」。
英国での拡販にBDプレーヤー
今回のIFAでシャープは、欧州市場攻略に向けた2の矢も披露した。9月から欧州でブルーレイディスク(BD)のプレーヤーを449ユーロで発売、欧州でのBD市場に本格参入した。次世代光ディスク規格のBDは、DVDより大量のデータを収容でき、鮮明な画像を再生できる点が売り物だ。
BDプレーヤー投入は、英国市場での販売拡大に貢献する。英国での薄型テレビは周辺機器とのセット販売が主流。欧州の映像関連市場で液晶テレビ以外の売り物を持っていなかったシャープは、テレビを売り場に並べてもらえないこともあったからだ。今後はコスト競争力を持った液晶テレビと周辺機器のタッグで欧州を攻める。
3本目の矢として、ブランドイメージ向上への方針を打ち出した。「液晶の技術で最先端のイメージを押し出していく」(片山社長)。欧州でのコスト競争力が向上するとはいえ、規模で勝るライバルとの価格競争を極力避け、指名買いを狙う。
8月22日に日本で先行発表した、次世代薄型テレビの試作機。52型で本体の厚さ2cmと、従来の4分の1の薄さを実現した。2010年の堺新工場操業時には厚さ2cmテレビを発売すべく開発を進めている。
この試作機発表のタイミングも、欧州でのブランドイメージ向上を意識して設定したものだ。片山社長は、「本当は試作機の開発を(7月31日の)堺工場の発表に間に合わせるよう指示していた」と明かす。実際に試作機は7月までに完成していたが、その後、発表をあえて8月22日まで先延ばしすることに決めたという。
堺工場の発表ではコンビナート化など大きな発表が複数あり、それに次世代の薄型テレビを加えると、先端技術をアピールできる試作機が他のニュースに埋没しかねないと考えた。「IFAは欧州で最大の展示会。注目してもらうには新しい物が必要」(片山社長)。
このため、2cmテレビの発表をIFA開催の約10日前まで引きつけた。「直前に発表すれば、その情報が欧州に伝わり、欧州の報道関係者がIFAでの発表会に集まってくれる。その結果、今回の次世代テレビの露出が増える」。
事実、シャープのプレス発表には多数の欧州メディアが集まり、2cmテレビの試作機が現地のテレビなどで放映された。「欧州の販売店から、早く出してくれという要望が非常に多い」と、IFAのシャープブースにいた社員は話す。欧州攻略に必要な持ち駒は徐々に揃いつつある。