ジュエリー製作作業には
大きく分けて彫金と鋳金があります。

《彫金》
地金から直接切り出したり
削りだして制作方法の事。
特徴は、
・角や面がシャープ・正確に出る。
・薄い物・細い物に強度が得られる。
・軽くて丈夫に出来る。
《鋳金》
金属を溶かして型に入れる作り方。
ジュエリーの世界では主に、鋳造と呼ばれる。
ワックスで蝋型を作り(ワックス・モデリング)
石膏に型沈めた物を窯で焼きます。
ロウを溶かし出した雌型に
地金を流し込んで製作します。
特徴は
・柔らかい線。曲線が綺麗に出せる。
・彫刻のような繊細な細工が可能。
・加工が簡単で単純。
・ゴム型でとったプロトタイプを量産できる。

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私のジュエリー製作は
彫金が主となっています。
紹介する道具も
彫金の道具が中心。
あしからず…






広い広いスペイン。

友人のいる北部ガリシアへ

マドリッドから夜行バスバスで行った事がある。

赤い荒野がどこまでもずっと続き

夏なのに夜は耳が千切れそうに雪の結晶凍えた。

たどり着いた涼しいガリシアは豊かな自然霧

バグパイプもあるケルト最北の地。

以前行ったバルセロナ・バレンシアとは

全く違った文化を持った人たち。


これだけ大きな所に住んでいたら

多少の事に一々かまってもられないんだろうかお

大味なおおらかな国民になるワケだひらめき電球


イタリアと同じ様に

鮮やかな蒼いそらのスペインだけれど

どこか土臭くてアースカラーが似合う得意げ

お調子者だけど憎めなくて

親切で人の良い人達をつくったそら。

光が強すぎて影の部分をより強く印象つける太陽晴れ
国土が広すぎて陰になっている地方もある。

それでも若者も年よりもみんな女の子男の子男の子

彼らの地方を愛している。






水の澄み渡った豊かな自然のスイス

空もどこまでも澄んでいる。

清潔好きで几帳面で

頑固で誠実なスイス人達。

きっちりさせる静謐な空気のせい?

私のスイスの友人も

融通が利かないくらい几帳面で頑固。

あのアルプスの少女ハイジの様に

アルプスの雪解け水みたいに

どこまでも誠実でピュアな人。







広いアメリカは地方ごとに

雰囲気がガラリと変わるという。


若者男の子も彼らの地方を誇りを持って愛している。


芸術も伸びやかで大らかで

どこか土のにおいがする。

若者カルチャーにもとても勢いがあって

伸びやかなパワーのある国。

私が多少でも見たのは

このサンフランシスコのそらだけだ。

今まで見たどこよりも白っぽい太陽で

高いそらの色も白っぽい。


そらから地面に目を向けると

どの通りでも物乞いをする人が。

アメリカでも有数のホームレスが多い街。

ここはアジア人も黒人も白人も

普通に沢山住んでいて

ヒッピーもヤッピーも沢山いて

良くも悪くも特別扱いが無い。

皆が平等であろうと努力している。

何もかもが手に入る所。


ここで住むとどんな気持ちになるんだろう。

どんな作品がうまれるんだろう。

私にはまだ想像もつかない。










他の国に来るといつも

どの国もそれぞれの空気があることを

強く実感してしまうぶーぶー

空気というとあいまいだけど

たとえば匂いわんわんたとえば雰囲気黄色い花

そしてそらの色がちがう。


そらの色は空気の色そのもので

人の気質をを創り 芸術キラキラを育てるのに

そらは深く関係してると思うかお





日本のそらの色は曖昧で優しい。

太陽も黄色がかった色だ。

スモーキーカラー宝石紫が似合う。

まあ夏の日本は

東南アジアの様晴れなのだけど

実際 日本の伝統色は

ちょっとくすんだ繊細な色が多い。

この感じが個人的には

フランスと似ているように思う。

フランス人の色に対する繊細さに

親近感を覚えるから得意げ


それはきっと空気のせいだと思う。

言葉までも曖昧で繊細ブーケ2

他国からくると”日本語”自体以上に

私たちの話し方の常識?!

の様なものに戸惑うむっと良く聞く。




firenze

曖昧さのないイタリアの高い空。

パキッとした原色宝石ブルーの蒼。

私まで原色を着て出かけたくなる空気だべーっだ!

白と黒や光と影 ものともの

境界を残酷に際立たせるそらの色。


日本にいた時にイタリアの絵を見て

空がまるでアニメのように蒼いのを

これはないだろうにひひ

きっといい絵の具がなかったから

と思い込んでいたのだけど

実際に見るイタリアの空はまるで

合成写真の様に真っ青ビックリマーク

イタリアの絵に始めて納得出来た。


意外に冬は陰鬱で

毎日のようにしとしと雨が降る。

冬は古いものに囲まれた窮屈さを

際立たせうんざりさせた。

フューチャリスティックなデザインを好む

イタリア人の気持ちがよく分かった。

新しいもので息抜きしたくなる。

そしてこの暗い冬は

イタリア人の寂しがり屋で神経質な

もう1つの面を思いさせる。


イタリア語という言葉も

アクセントの強さとその波が

話す人を感情的にあやつって酔わす。

イタリア語を話す時の私ほど

直接的で残酷で感情的な時はない。

話すそばからきえる言葉も

空気のなかに混じってるにちがいない。


英語で話し続けると

どんな気持ちになっていくのだろう。