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 公害問題を考える時に、その原点の出来事として、足尾銅山と田中正造のことが例に出されます。確かに公害を国会で取り上げその解決に生涯を捧げた田中正造の功績は称えられるべきでしょう。
 昨年、足尾に行ってきました。渡良瀬渓谷鉄道に乗って行きましたが、ちょうど紅葉がきれいな時でした。足尾銅山の跡地は当時のままの設備が老朽化し、今にも崩れ落ちそうな状態になっています。足尾の博物館や銅山観光施設を見学しました。これらでは足尾の光の部分を垣間見ることができます。説明をする係の人は足尾の功績を讃えます。観光として見る場合は、影の部分はなかなか見えません。村がそっくり消えた話も得意になって話すことではありませんから、それもいた仕方ないでしょう。群馬では、現在の明和町で川俣事件が発生し死者も出た事件でした。

 地元では足尾銅山跡の保存が叫ばれていると聞きましたが、あれだけの施設の保存には莫大な資金が必要です。現在では銅の採掘はおこなっていませんが、2社で老朽化した施設の管理の他、国内の事業所から排出される廃液から銅を回収するという仕事をしているようです。ですから、現在ではリサイクルの事業を行っています。今では、銅の精錬の技術を生かして廃液から銅を回収してもビジネスになっているようです。
 ご覧のとおりの老朽化した施設ですから、その保存にはかなりの費用がかかると思います。建屋以外にも敷地全体の保存も考えないと、本当の意味の保存にはならないと思います。現在の古河グループにはそれだけの金銭的余裕はないでしょう。
 歴史的遺産としての価値はあると思いますが、行政や市民団体の協力なしには保存はできないでしょう。その場合には古河グループの財産に手を加えることになりますから、足尾銅山の歴史の光と影の両方の部分を描かないと難しいと思います。古河からしてみれば正の部分を強調したいし、被害者から見れば負の部分を強調したいということになります。そのあたりの折り合いも考えなくてはならないと思います。

 迎賓館があったり、社宅がそのまま残されていたり、図書館があったり、採掘に直接関係ない施設もいろいろあります。それらも含めての保存ということになると思いますが、やはりかなりの費用がかかると思います。それだけのことは、旧足尾町ではできなかったと思います。ただ、早く記録にとどめないと、関係者が亡くなってきているということもあります。できることから残しておくことが必要でしょう。

参考に、現在の(株)足尾精練の環境活動レポートも併せてお読みください。
http://www.ea21.jp/list/pdf/0000819.pdf