広島のビルメンテナンス・ハウスクリーニング会社のエコロです。

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じっとしていても汗ばんできますねあせる


事務所は来客時以外は自然の温度と風を精一杯楽しんでいますあせるあせるあせる



考えてみれば、子供のころはエアコンなんて無かったし。


扇風機も無い家が多かったし(齢がばれる!)。


みんな団扇でパタパタ煽いでいましたね。


まあ、若い人たちには冷房のない世界は不思議な話なんでしょうね。



汗をたらしながら食べた西瓜スイカ、美味しかったですね。


時々トマトとまとやきゅうりキュウリなんてのもありました。


水につけて冷やしてただけなのに、あんなに冷たく感じて・・・懐かし~いっ。



ああ、不景気不景気と言いながら、なんて贅沢な生活をしてるんだろう日本人は。


・・・と、たまに思うことがありますね。



車でも極力エアコンをかけないで、自然の風を楽しんでいます。


気持ちいいんですねこれが。


我が家でも昔からエアコンはあまり使いません。



お金がないので節電に禿げ励んでいます??


ケチなので節電に励んでいます??


どちらも当たらずとも遠からずですか???



本当は冷房に弱く、すぐ頭が悪く痛くなってしまうんです。


だから夏場は朝起きると汗びっしょり・・・なんてしょっちゅうですね。


かわそうな自分に、しょっちゅうお見舞い申し上げております(すみませんスルーしてくらはい)。


それでなくても加齢臭を気にしなければならないお年頃。


特に夏場は、仕事中の体臭に気を使わんといけんですね。




まあ、おかげさまで健康的な汗をたくさんかいてま~すあせるあせるあせる


(時々冷や汗も)


その割に痩せんのはなんでじゃろ? ほんま痩せたいのに・・・



3~5キロくらい簡単にダイエットできる方法をご存知の方、こっそり教えてください耳


成功の暁には、金一報を添えず感謝状のみを差し上げます。





今日もくだらん内容で申し訳ありませんでしたパンチ!




それではまた

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6月が決算月につきラストスパート中のエコロです。


忙、忙!!




今季もおかげさまで好成績で終えることができます。


本当にありがたいですね。


法人のお客様には、不景気の中、引き続きご愛顧いただけることへの感謝。


個人のお客様には、繰り返しご注文いただくこと、そして数多くのご紹介・・・心より感謝です。


スタッフもマナーなどの細かいことばかりの注文にも、嫌がらずよく頑張っていただきました。



真面目が一番。


スタッフ一同、日々そんな気持ちで仕事に取り組んでいます。


自分たちの側から見れば満点の仕事内容でも、お客様からすると普通でしかない・・・・そんなことってあります


よね。


評価点はあくまでもお客様の主観でしかつきません。


自己満足に終わることなく「お客様満足での完結」をいつまでも目標に頑張りたいですね。



今年は他県からご遠方ののお客様が多かったのが大変嬉しい変化でした。


毎年のように、遠方からのご依頼はそこそこありますが、今年は本当にたくさんの方々とのご縁をいただきまし


た。


そのほとんどがご紹介です。


ご紹介いただけることはエコロの誇りです。


沢山のお客様のご期待に添えますよう、ますますの努力を積み重ねていかなければ。




今季もあとわずか・・・気を抜かないように頑張りま~す。




なかなか更新ができず申し訳ございません。


今日はこんなところでお許しを・・・。




それではまた





それはそうと、「仁」 終わっちゃいましたね。


唯一、毎週欠かさず見ていたドラマでした。



なかなか丁寧なつくりの最終回でした。


最終回の仁、じ~んと来ましたね。



大沢たかおの演技もさることながら、綾瀬はるかが光ってました。


やはり、広島出身だけありんす?


久しぶりにフラストレーションもなくすっきりと見終えることができました。


また、「新、仁」をやらないですかねえ??



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暖かい日が続きますねエ!!


(暑さのせいで気が変になった?)


広島は30度超えあせるです。


まあ、6月も終わりなので、もう夏と言っても良い頃ですか?



仕事中は「暑い」と言わないように常々心がけています。


「暑い」と言うとますます暑く感じてしまいますし、余計に暑さを意識してしまいます。


「暑い暑い」という言葉は「たいぎい(広島弁でしんどい、かったるい的な意味です)たいぎい」と言っているのと


同じで、心のトーンを下げる言葉だと思っています。



暑いって呟く時の顔を見ると、みんな嫌~な顔しょぼんしてますよ。



そんなことでスタッフには「暑い暑い」と言うな!!


夏は暑いのが当たり前!!


な~んて偉そうに言っています。


随分前にも書きましたが、「暑い」という言葉が出そうになったら「今日は暖かいですね」なんて冗談ぽく言うよう


にしています。


(冬の寒い時は「涼しいですね」なんてほざいてる単なるアホですがなにか??)


すると相手もあきれて笑顔でべーっだ!応えてくれたり・・・




しかし、家に帰ると気が緩んでしまうのか、思わず「暑いッ!!」がやはり出てしまうんですね。




去年までは何とか耐えてきましたが、年々暑さが厳しく感じるようになっています。


35を過ぎるとやはり年齢のせいもあるんでしょうか?


今年は仕事中に思わず「暑い」と言ってしまいそうで仕方ありません。


その時はどう言い訳をしましょうか。


「あっ、ついつい〇〇した~」なんてごまかしますか。


「気持ちに嘘をついてはいけません!」なんて180度変えてみましょうか?




何か良い言葉があれば教えてくださいね。




閑話休題



愛人問題で陳謝した保安院の西山審議官。


真面目を絵にかいたような方だと思っていましたが、人は見かけによらないもんですね。


陳謝の際、深々と頭を下げれれませんでしたが、何かの理由があるズラ?


しかし、エリートはもてるんですね。


羨ましい。



私も冗談で「エコロさん、彼女いるんでしょう?」なんていわれることがありますが・・・


放っておいてください、誰も相手にしてくれませんから!!残念ッ!!!




それではまた。

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政治ネタは避けようと常々思っているエコロです。



当社にもいろんなお客様がおられます。


政治、宗教関連の話は商売ではタブーですね。


とか言いながら、信念が希薄なので時々書いてます。



しかし・・・菅さん、頑張りますね。


これほど根性のある方とは思いませんでした。


粘り腰と言うのでしょうか?


やはり、総理と言う名はしがみつきたいほど特別のものなんでしょうね。


そういえば、伸子夫人の談が新聞に掲載されていました。


「基本的にはあきらめない人 本当にしつこいですよ」


と語っておられます。


その言葉通り、マニュフェストで国民に約束したことを、サッサと諦めずしつこくやって欲しかった。


こんな時だけしつこくあきらめない・・・・それって意味不明なんですが。



頭の悪い私には、どうにも理解できないことが続いています。



もう、訳が分からん!!



これほどのバッシングを受けながら身を引かないのは尋常ではありません。


自民の安倍さんも、もう少し粘ればよかった・・・なんて地団駄踏んでるかも?ですね。




総理官邸には「やめろ!」の話のとき以外は、殆んど誰も寄り付かないそうですね。


官邸内の菅さん周辺は閑散としている??


お後がお悪いようで・・・チャンチャン





それではまた。

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「ねずきちの ひとりごと さん」からの転載をされた「黒鯛さん」からの再転載です。


ブログを通じて色々な方の記事にめぐり合える、それもブログの魅力ですね。


「ねずきちの ひとりごと さん」のブログを初めて拝見しましたが、勉強になる記事が多いようです。



素晴らしい記事ですので、長文ですが最後まで是非お読みください。




それでは・・・

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以下は、読者のNさんからいただいたメールです。是非、みなさんにもご紹介したいと思います。


まずは、原文をそのままご紹介します。




~~~~~~~~~~~ 最近あまりいい話がないと思いますので溜飲をさげる意味ということで、私がパラオ


共和国に行ったときのお話しをしようと思います。



今から3年ほど前に新婚旅行でパラオ共和国に行ってきました。


12月の中旬に成田からグァムへ行き、そこから乗り換えてパラオに着いたときは夜の8時過ぎでした。


空港から出てバスに乗るとパラオの国旗の隣に日の丸が掲げられていました。



夜家内と外に食事をしましたが、いまいち食べ足りないと思い、散歩だてらに中心街を散策していると(中心街と


言っても500mくらいのメインストリート)広い駐車場にハンバーガーの屋台があったので、早速注文をしてでき


たてのバーガーを家内とほうばりながら食べていると、さっきまで駐車場でギターの弾き語りをしていた初老の


老人が近づいてきて 「君たちは日本人か?」と聞かれたので、イエスと答え新婚旅行で来たと家内が伝えると、


老人は大粒の涙を流しながら私の肩を抱きました。


そのとき老人が言ったことは家内が言うに 「日本の人がこの国に来てくれて本当に嬉しい。


ハネムーンの行き先にここを選んでくれて本当にありがとう」と言ってくれたそうです。


この出来事でパラオの人々が如何に日本の人たちに対して特別なものを持っているかよくわかりました。


私たちの血税がこういう風に役に立っているということを実感するためだけでもパラオには来る価値が十分すぎ


るほどあります。


子供が大きくなったら後学のためにももう一度パラオに行こうと細々と貯金をしています。



~~~~~~~~~~~ このメールと一緒に、Nさんが、下の2枚の写真を送って下さいました。



海に沈むゼロ戦


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旧日本軍のトロッコ跡


黒鯛のブログ


大東亜戦争で戦ったゼロ戦です。




忘れてはならないのは、このゼロ戦に、日本海軍の優秀なパイロットが乗っていた、ということです。


そのパイロットの命とともに、ここにゼロ戦が眠っている。



もうひとつのトロッコ跡は、ここで日本の軍人さんたちが、銅などの採掘していたときのものです。


戦前まで、パラオは日本だったのです。



いや、「日本だった」と書くと、正確さを欠くかもしれません。


正確には、パラオは、日本の「委任統治領」だった。


「委任統治領」というのは、当時あった「国際連盟」によって国際連盟規約第22条に基づいて、国際連盟の指定


を受けた国が、一定の非独立地域を統治する制度です。


この制度は通常、白人諸国が有色人種諸国を統治する、というより植民地として収奪するのにもちいられた制度


です。



もともとのパラオが、白人の植民地となったのは、明治18(1885)年のことです。



このとき植民地支配したのがスペインです。 スペインの統治は過酷で、明治32(1899)年に、ドイツの植民地にな


るまでのわずか14年ほどの間に、パラオの人口は、約90%が失われています。


そして、もうこれ以上収奪するものがない、となったとき、スペインはわずか450万ドルで、パラオを含むミクロネ


シアの島々をドイツに売却します。



ドイツは、パラオの原住民を使い、ココナッツの栽培などをするけれど、現地人に対する教育や道路、流通の整


備、産業の育成や法や行政諸制度の整備などは、まったく行っていません。



そしてドイツが、第一次世界大戦で負けた後、パリ講和会議において、国際連盟の結成とともに、パラオを含む


ミクロネシア地方一帯が、日本の委任統治領となったのです。



このパリ講和会議では、日本の牧野全権が、人種の平等を主張して、米英と激しく対立しています。


統治の委任を受けた日本は、さっそくパラオに南洋庁をおき、パラオに学校や病院、道路などを建設し、街のイ


ンフラの整備を図ります。



パラオの学校には、若き日の中島敦も赴任し、現地人のための教科書作りを行っています。


この頃の日本の領土は、たいへんに広いものだったのだけれど、そんななかで、パラオの子供たちは、日本本


土を含む全日本共通テストで、なんと第二位を獲得しています。


子供たちも、たいへんに優秀だったのです。



ところで、教育を受けるための学校、あるいは医療を受けるための総合病院、あるいは車も走れる道路などは、


いったいどのようにして造るのでしょうか。



まったくそういうものに、これまでずっと接していなかった現地の人たちに、いきなり「道路を作れ」と言われても、


できる相談ではありません。



このことは、いまこれをお読みの、あなたが、(建設業関係のお仕事ではない人であるという前提で)、いきなり第


二東京タワーを作れ、といわれるに等しい。



では、どうやって造るか。


日本は、日本の歳費を用いて、パラオに土木建築業者や教師、行政官吏を派遣したのです。


「やってみて、やらせてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」です。 まずは日本人が、やってみせてお手本を示


す。


そして、現地の人にも、すこしずつやってみてもらう。


そのうえで、成果があがったら、ともに喜びをわかちあう。 当時、パラオにいた先住民は、わずか6500人足らず


です。


そこに日本は、なんと2万5千人もの人を派遣している。


そしてあらゆるインフラを整備したけれど、それはことごとく、日本の国費で賄われています。




日本統治時代のコロールの街並み


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パラオは、日本の植民地だった、という人がいます。このどこがいったい植民地なのでしょうか。


~~~~~~~~~~~~パラオ共和国では日本統治時代に使用されていた機具などは、すべてパラオ共和


国の財産として手付かずのまま放置されています。


(メインストリートの外れに灯篭のような石細工がありましたが、いつできたものかわかりませんでした。)



台湾が投資している農業研究所でも、当時使用されていた機具が錆びついてはいましたが、そのままの形で残


っていました。(そこでは建物の中に台湾の国旗が飾られていました)


~~~~~~~~~~~~ ↑は、パラオに行かれたNさんの言葉です。 大東亜戦争で、日本は、パラオを守


るために戦い、1万1000名が玉砕しました。




このときのお話は、 ≪パラオ・ペリリュー島の戦い≫ http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1074.html



≪アンガウルの戦いと人種差別≫ http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-890.html



≪ランボーは日本人だった!・・・舩坂弘軍曹物語≫http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-708.html



で、詳しくご紹介しています。 戦後、パラオは、米国の信託統治下に置かれます。


けれど、米国はパラオで、産業開発らしいことは一切行わなかった。


いろいろな出来ごとのあと、ようやくパラオが晴れて独立国となったのは、昭和56(1981)年のことです。



その独立国パラオの国旗が↓です。


パラオ共和国国旗


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この国旗は、日本の国旗をモチーフにし、円が中央からすこしずれているのは、日本にちょっぴり遠慮したから


なのだそうです。



戦後の政治、戦後の教育、戦後のメディアが、いかに戦前の日本を貶めても、現地の人々には、当時の日本の


仁政が、ちゃんとわかっている。



昨年に引き続き、今年も日心会では、南洋交流協会さんが主宰するパラオ慰霊ならびに独立記念祭への参加


のツアーに行ってきます。



どうなんでしょう。もし、いまこれを読んでいるあなたが、仮に、政府の委託を受けて、南の島に赴任したとして、


あなたはそこで収奪や略奪、殺人、暴行、強姦をしますか?それとも、現地の人々の暮らしや教育のために、自


分のもっている知識や経験を少しでも生かそうとしますか?


戦前の日本というのは、大家族主義です。



ひとりひとりの日本人は、全員が、たとえ外地とはいえ非道な振舞いをすれば、それは「家族の恥さらし」であり、


「親戚一同の恥さらし」であり、「村の恥さらし」と、生涯、言われ続けなければならなかったという環境にありま


す。



そんななかで、親兄弟の顔を思い浮かべて、あなたは非道な振舞いができるでしょうか。


日本人なら、それは決してできないことです。



そして人の役に立つことをすると、うれしいと思う心は、いまの日本人も戦前の日本人も同じです。


そうやって、現地の人々のために、一生懸命汗を流し、そこを守るために、命を亡くされた方々が、英霊です。


その英霊たちは、まぎれもなく、わたしたちと血のつながった、若かりし日の祖父たちです。


その祖父たちを貶めることこそが、侵略行為であり、恥さらしな行為であり、それこそが日本の恥であり、世界の


恥である。ボクはそう思うのですが、みなさんはいかがでしょうか。



以上、転載終わりです。




日本という国は同じ気持ちで、同じ思いで、台湾や韓国そして東南アジアの国々の発展に対し、多大な尽力を惜


しみませんでした(特に教育、インフラ整備など)。


その結果、それらの多くの国は日本に対して今でも感謝の念を忘れていません。


本当に残念なのは、同じことをさせていただいたにもかかわらず、全く反対の立場をとっている国があることで


す。


日本は敗戦国だからといって、決して卑下する必要はありません。


もっと主張すべきことは、堂々と主張すべきだと思います。


原発問題で霞みがちですが、竹島や尖閣問題も忘れず声を上げ続けなければなりませんね。




それではまた。


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お天気良し。


空気良し。


風景最高!!



昨日は定例の広島県北部廻りの仕事です。


朝一番、広島市の北隣にある安芸高田市へ。


そして三次市、世羅町、最後は瀬戸内の竹原市へとひたすら走り続けます。


田舎の景色、癒されますねえ。



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いつ来ても飽きません。


好きですねえ。


度々通る道ですが、季節ごとに全く違った表情を見せてくれます。


今の季節は田植えの時期です。


北の方はつい最近終わったくらいでしょうか。


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田舎道を走っていると面白いものが目に入ってきます。




走行中そうこうしてるとこんな看板がありました(一応駄洒落です)。



「とびだしだ あっというまに天国へ」


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天国は素晴らしいところらしいので、あっという間にいけるのならいいかな・・・


なんて不謹慎なことを考えてしまいました。




走行中、そうこうしていると・・・結構シツコイ!)



小さな子が一人で道路に出ようとしているのが見えます。


危ない危ない、最徐行です。


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ゆっくりゆっくり走りますが動く気配がありません。


誰かを待ってるのか?


走る車を眺めるのが好きなのか??


それとも悩み事でもあって立ち尽くしているのか???それはないな!!





そろそろ近づくと、





何じゃこりゃ!!


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そりゃあ、動かん筈ですわ。

カーブなのでスピードを落とさせる作戦なんでしょうね。


婆様か爺様が一生懸命作ったんでしょうね、きっと。


見事やられました。


あまりにも可笑しかったので、遠景写真は再度引き返して撮影した暇なエコロおやじでした


やれやれ。





茅葺屋根の家も残っています。


お洒落ですね。

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ゲートボール大会ですね。


この4倍くらいの運動場いっぱい、大変な人の数でした


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ふ~っ!!そんなこんなで、



長時間一人っきりの、淋しいはずの道中も、どうちゅう事なく楽しんでまいりました。


(本日は、駄洒落初心者の方の為に、一応アンダーラインを引かせてもらいました)




勿論、仕事は真面目にやってますよ・・・




それではまた。


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昨日のことですが、中学校3年のクラス会がありました。


中学3年と言えば・・・もう遡ること22年も前の話です。


中3は15歳ですか?


15+22=37


もう37歳か・・・。


とかなんとか、ええ加減なことをほざいてみたいと思うオヤジです。



当時のクラス、たしか45人位いました。


多いですね。


私の通っていた西区の優秀で誉れの高い中学校は、広島市でも最も生徒の多い学校でした。


戦時中は校庭で芋を造っていたことから〇〇中と呼ばれていました。


今でもそうなんでしょうか。



私の記憶が正しければ、なんと13クラスありました。


マンモス校ですね。


一クラス45人平均として、全校で一学年600人弱。


卒業アルバムを見ても知らない名前がいっぱい!!


久しぶりのクラス会、一体何人集まるのか。



私、会場一番乗りでした。


20分前の到着ですから、誰か来てると思ったんですがね。


当日何人、誰が参加するのかも知らされていません。


関東、関西、四国、九州と全校に散らばった級友はいずれにしてもそんなに多くは集まれません。


今年の正月に開催された、同期同窓会では全体で50数名。


私のクラスは、なんと担任の先生とクラス幹事の2名だけだったそうです。


正月3が日の開催はまずいですよね。


それぞれ家庭行事もありますし、お客様で忙しい家もありますから。



一人二人とやってきます。


会場のお店の入り口が逆光で顔がはっきりわかりません。


そんな中でも、すぐにわかる顔もあるんですね。


何人目か、白髪の紳士が来ました。


お~ッ!!先生・・・と思ったら、なんとクラスメイトでした。


あらためて自分の実年齢をかんじてしまいます。



結局今回は11名の参加でしたが、神戸や愛媛県の遠方からわざわざ参加してくれた友もいます。


自分が遠方に住んでいたら参加するかなあ。



担任の先生は当時40そこそこ(そんなに若かったんじゃ~)。


現在、84歳になられたそうです。


84歳-40そこそこ=40年そこそこ。


40年そこそこ+15歳=50うん歳??


さっき書いた歳と全然違うじゃん!!




閉じの担任、荒K先生です。


あっ、私も知ってるって方がいらっしゃるかもしれませんね。


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でも、年齢を全く感じさせられません・・・若い?若いですね。


しゃべり口調も全然変わりませんし相変わらず饒舌です。


なんでも、1000人以上の生徒の顔と名前を憶えておられるそうです。


私も以前、広島市の街中で偶然お会いしたことがありますが、「お~、竹ノ内豊君○○君じゃないか」とお声をか


けていただいたことがあります。


何十年振りのことで、ホント凄いですね。



近況報告などし合って、和やかにそして賑やかに楽しい時間を過ごすことができました。


来年もこのクラス会を行うそうです。


楽しみですね。



集合写真ですfが、皆には無許可で掲載です。


クレームがくるかな??


一番のいい男が私です、さてどれでしょうか??????


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後列、先生が二人いるみたいでしょう??



来年はもっとたくさんの級友に会えると良いですね。




それではまた。



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拙ブログにご訪問くださいます皆様、いつもありがとうございます。


過酷なまでの超多忙な毎日を過ごしております。


大小にかかわらず、経営者としては当たり前なのかもしtれませんが、殆んど休みのない日々を送っています。


そんなことで、ブログ記事を書くよりも、訪問くださいました皆様や無記名で読者になっている有意義なブログに


目を通すことを優先しているような次第です。



ブログも間をあけると何を書いていいのやらわからなくなりますね。


ネタはいろいろとあるのですが、夜遅くしか書き込む時間がとれず、体のことを考えると無理せず睡眠優先!!


忙しい中、毎日更新されている方々には心から敬服しています。


ホント、脱毛脱帽です。



今月は決算月に当たります。


忙しい上に、気分まで忙しい感じです。


業績の方はおかげさまで毎年前年度を上回る好成績を推移しています。


今季も5月半ばには前年度をクリアすることができました。


多くの皆様に支えられて、今年も社を無事存続させることができました。


感謝、感謝、本当にありがたいことです。



会社は関わる人たちのためにも、なんとしても維持し存続させそして発展させなければなりません。


維持・存続・発展


維持できなければ存続はない。


存続しなければ発展もない。


この3つのキーワードはどれ一つ欠かすことはできません。


いつも念頭において頑張っています。



そんなこんなで、、いつ更新できるか全く予測もつきませんが、お許しください。


皆様のブログは、可能な限り拝見させていただきます。

 



実は、暫くお休みしますの記事を書こうとしてたんですが・・・




それではまた

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何時頃だったんでしょうか?


寝ていたので時間は分かりませんが、広島でも地震を感じました。


結構長く揺れてました。


縦揺れのように感じました。


寝室が2階なので特に揺れは感じやすいようです。



ネットで地震速報を見てみましたが、広島の地震は掲載されていませんでした。


広島にしてはそこそこだったと思ったんですが。


家族も皆、目が覚めてましたし。


これくらいは地震のうちに入らないんでしょうかね。




東北のこともあり、敏感になっているのかもしれません。


こんな小さな揺れでも怖いのですから・・・




西日本の活断層です。


広島にも、そして私の住む街のすぐそばにも。


五日市断層。


己斐断層。


この己斐断層が私の街のそばまで走っています。


しかも己斐は私の実家です。


あと、近くで大きいのは岩国断層ですが、このすぐ近くには家内の実家があります。


う~ん!!







政界も大揺れですね。


菅さんに「騙された」「嘘つき」を声高に連呼している鳩山さん。


鳩山さんが騙されたのは菅さんだけでしょう?


でも、次は出馬しないと全国民の前で言っておきながら、何事もなかったかのように出馬した鳩山さん。


鳩山さん、騙した人の数でいえば圧勝ですよ。


いつまでも表に出て恥ずかしくないんでしょうかね。







それではまた

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淋しいですね。


松井一実広島市長が広島県の進める広島西飛行場(旧広島空港)の廃港とヘリポート化を受け入れると表明し


ました。


これで広島西飛行場の廃港が最終的に決定しました。


定期路線が就航した空港の廃止は全国で初めてだそうです。


良く利用した思い出深い空港です。



広島市内に位置し大変便利な空港でしたが、20年近く前に本郷町に移転してからはコミューターなどの小型用


飛行場として存続していました。


利用者が低迷し、昨秋にはついに定期便が亡くなってしまいました。



広島市に住む私たちからすると不便な空港です。

現空港は広島市中心部からのアクセスが大変悪く、高速道路を利用するリムジンバスは、事故や天候により昨


年1年間でなんと747便が欠便したそうです。


今年のゴールデンウィークにはなんと!!214便が欠便です。


アンビリーバボーしょぼん



私もつい先日、高速道での朝の事故で大渋滞に巻き込まれてしまいましたが、こんな時飛行機を利用する人は


大変です。


出発前にバスの欠便がわかっている分にはまだ対処のしようがあるのでしょうが、高速道に入ってから渋滞に巻


き込まれたりすると目も当てられませんよね。



以前、大雪の日の朝に東京出張が重なり、空港到着がぎりぎりで冷や汗をかいた経験があります。



海外旅行などで間に合わなかった場合は一体どうなるんでしょうか?



旧広島空港は出張などで良く利用していました。


やはり東京が多かったですね。


鹿児島便もよく利用していましたが、YS11と言うプロペラ機が飛んでいましたね。


懐かしいものです。



そういえば大分空港には小型機で行きましたが、これはめちゃくちゃ怖かったです。


たまたまなんでしょうが、上下左右に揺れる揺れる。


気分が悪くなってしまいましたカゼ


もう飛行機には乗らない、ぐれてやる・・・(これを非行期と呼びます)と言うくらい酷かったんです。


それ以来暫く飛行機に乗るのが怖くなるほどの大揺れでした。


今思えば、これも懐かしいですね。



いろいろな思い出のある空港です。


もともと、現空港への移転には反対の立場でした。


移転してからは、利用することがなくなってしまいました。


アクセスや手続きなどの待ち時間。


特に東京の場合は、到着してからの移動の問題・・・などを考えると面倒で。


広島市内の人は、結局新幹線を利用することが多いようです。



広島西飛行場を廃港決定となった今、早急に広島市内中心部からのアクセスを改善していただきたいもので


す。


色々と論議されているようですが、残念ながら随分先の話になりそうですね。



現空港の利用者数も年々減少しているようですし、しつこいようですが廃港は残念で仕方ありません。





それではまた。