大学一年の頃の話の続き。
いろいろ説明した方が良いことがあると思ったので、説明を。
部室棟の説明をすると三階建の鶴翼型に広がった細長い建屋で、中央一階に管理室があると言
えばわかってもらえるだろうか。
部室は翼端の外階段側の2階にあって、ベランダではないが窓を開けると4畳ぐらいの広い張り出しがあった。
部室内にはテーブルの他にベッド、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、セガサターン、プレイステーション等があった。
水利施設は当然なく、それらは一階にあり、大きな流し場や、シャワールームなどがあった。
この管理室から遠いという地の利は大きかったと思われる。
管理しているのも学生であり、各部から派遣されたメンバーで構成されている。
我が部からは、この管理委員会に派遣が居なかった事と、素行不良な一面から部内では管理委員会とは対立の姿勢が色濃く出ていた。特に5年生を中心としてだが。
他にも、学園祭実行委員会、体育会本部、体育祭実行委員会と部員を派遣を必要とする組織があった。このうち、体育祭実行委員会と体育会本部には先輩が派遣されていた。
私が入部した時点で、体育会本部副委員長に4年生の先輩がおり、2年生には体育祭実行委員会に派遣されている先輩がいた。
また、我が校は校舎が二つあり、都内と、埼玉に分かれており、この部室棟は埼玉にあって1、2年生が使うもので、3、4年生は一部の学部を除き殆どが、都内の校舎にある部室を使っていた。
単位の問題で、埼玉で授業のある先輩はよく埼玉の部室に居た。中村先輩なのどがそうだった。
こうした体制であったため、1、2年生と3、4年生との間の意思疎通は難しく、1、2年をまとめる立場にある支部長はその性質上、周囲のサポートなしには難しいとても重要な役職であ
った。
そして、私が入った時のT支部長は正直、空回りするタイプの人で、同級からの信頼度が低かった。
同級のS先輩は策士タイプであり、体育祭実行委員派遣のM先輩は、日和見な一面が強かったように思える。
女子部員のY先輩は、もともと、男子のたまり場だった部室の上に、学生射撃の学連に派遣であったこともあり、職務には忠実であったし、同じ学連派遣の3年のT”先輩の飼い犬感は否めなかった。
そんな中で、私は、牢名主のような中村先輩に加え、S先輩やM先輩と親しくしていた。
T先輩の最大のネックは酒が飲めない体質だったことだろう。
体質なので仕方ないが、それは親睦を深めるに至らない理由としては十分であった。
埼玉の部室にはそんな1、2年生と留年した先輩が集まっていた。
幾たびかの合宿を乗り越え、親しくなっていた我々が次に起こした行動は、BBQであった。
BBQを行うという事自体は問題はないはずだったのだが・・・
つづく
いろいろ説明した方が良いことがあると思ったので、説明を。
部室棟の説明をすると三階建の鶴翼型に広がった細長い建屋で、中央一階に管理室があると言
えばわかってもらえるだろうか。
部室は翼端の外階段側の2階にあって、ベランダではないが窓を開けると4畳ぐらいの広い張り出しがあった。
部室内にはテーブルの他にベッド、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、セガサターン、プレイステーション等があった。
水利施設は当然なく、それらは一階にあり、大きな流し場や、シャワールームなどがあった。
この管理室から遠いという地の利は大きかったと思われる。
管理しているのも学生であり、各部から派遣されたメンバーで構成されている。
我が部からは、この管理委員会に派遣が居なかった事と、素行不良な一面から部内では管理委員会とは対立の姿勢が色濃く出ていた。特に5年生を中心としてだが。
他にも、学園祭実行委員会、体育会本部、体育祭実行委員会と部員を派遣を必要とする組織があった。このうち、体育祭実行委員会と体育会本部には先輩が派遣されていた。
私が入部した時点で、体育会本部副委員長に4年生の先輩がおり、2年生には体育祭実行委員会に派遣されている先輩がいた。
また、我が校は校舎が二つあり、都内と、埼玉に分かれており、この部室棟は埼玉にあって1、2年生が使うもので、3、4年生は一部の学部を除き殆どが、都内の校舎にある部室を使っていた。
単位の問題で、埼玉で授業のある先輩はよく埼玉の部室に居た。中村先輩なのどがそうだった。
こうした体制であったため、1、2年生と3、4年生との間の意思疎通は難しく、1、2年をまとめる立場にある支部長はその性質上、周囲のサポートなしには難しいとても重要な役職であ
った。
そして、私が入った時のT支部長は正直、空回りするタイプの人で、同級からの信頼度が低かった。
同級のS先輩は策士タイプであり、体育祭実行委員派遣のM先輩は、日和見な一面が強かったように思える。
女子部員のY先輩は、もともと、男子のたまり場だった部室の上に、学生射撃の学連に派遣であったこともあり、職務には忠実であったし、同じ学連派遣の3年のT”先輩の飼い犬感は否めなかった。
そんな中で、私は、牢名主のような中村先輩に加え、S先輩やM先輩と親しくしていた。
T先輩の最大のネックは酒が飲めない体質だったことだろう。
体質なので仕方ないが、それは親睦を深めるに至らない理由としては十分であった。
埼玉の部室にはそんな1、2年生と留年した先輩が集まっていた。
幾たびかの合宿を乗り越え、親しくなっていた我々が次に起こした行動は、BBQであった。
BBQを行うという事自体は問題はないはずだったのだが・・・
つづく