大みそかから元旦にかけて京都にいたわけですが、そこで見物させていただいたのが、下鴨神社の大祓。
その年の、穢れを祓い新しい年を迎えるための儀式。
ちょうど、神主さんが祝詞をあげているあたりから見ることができました。
祝詞が終わると、
神官らが、人型を流すのですが、これは個人的なことでなく日本の中で起きた穢れ(禍)などを記して流しているのだと思います。
そのあとに申し込んだ個人が人型を流せます。
それぞれの思いを人型に込めて流します。
穢れを落とすという意味で人型を何度か納めたことはありますが、流す形ではやったことがないので興味津々でしたね。
こういった風習をヒントにひぐらしの綿流しもあるのは確かなわけです。
こういう思考はしっかり、オタクですね。
人型を流す儀式が終わると先ほど祝詞をあげられた宮司さんとは別の方が現れ、麻のようなものを繊維に添って裂き始めます。
これをそのほかの供物とともに神前に納めると、大祓は終了のようです。
ちらりと雪の舞う中での厳粛な儀式でした。
こういうものがそばにあると考え方や物のとらえ方は変わるだろうなぁと思いますね。
都会というのか、こういった風習と縁遠い世界にいるとお金や物を第一に考えがちな思考に染まりがちなのかもなんて思ったりもします。
もちろん、風習や信仰などに囚われすぎても困るのですが。
どちらかに偏るでもなく中庸であるべきなのだと思うのですが、なにかと偏り、囚われる事が多いのが現実なのですよねぇ。



