蛤御門は、江戸時代に京都であった大火の際にそれまでめったに開くことのなかったこの門が開聞したことに由来する。

 火で炙ったら口を開けたという意味で、俗称として蛤御門と呼ばれたようだが、現在は正式名称となっていますね。


 ちゃんと木札がかかってます。

 今年はテレビ東京の長時間時代劇も白虎隊で、大河ドラマも「八重の桜」ということで会津びいきな一年なのでしょうかね。

 幕末、この蛤御門では長州藩と、薩摩、会津、桑名藩がにらみ合いをした場所。


 これが御門の内側からの風景。

 似たような風景を薩摩、会津、桑名の武人も見たのかもしれませぬ。

 御門も当時のものですからね。





 こんな感じで、門の数か所に長州藩の打ち込んだ銃弾の跡があります。


 みんな指を入れてぐりぐりするからつるつるですが。


 ちなみに上野の寛永寺の敷地内にあった寺院の中にも彰義隊と薩長軍の戦火でできた銃痕が残った山門とかありますね。

 幕末の頃の戦火の名残はいまだに見ることができますね。

 

 ちなみに泊まったホテルの前がこの蛤御門でした。






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