ディープインパクト産駒が優勝した英国ダービーは、一時不穏な動きに包まれていたと言います。それは、動物愛護団体による妨害活動です。英国では、その運動が活発で、デモ隊が競馬場でコースに座り込むなどの妨害行動が行われていると聞きます。何とかレースは無事開催されましたが、競馬を動物虐待とする主張は以前からありました。動物に対する接し方は以前と比べて進歩したのでしょうか?
競馬を嫌う人たちはよく言います。「畜生の上に他人が乗ってそれを賭けの対象にするなんて…」と昔よく聞かされました。今は競馬のイメージが変わり、そんなことを言う人は少なくなったようです。畜生とさげすまれていますが、人間がそれほど偉いのか、人間の歴史は地球を無茶苦茶にしてきた歴史そのものともいえるでしょう。多くの動物が人間により絶滅させられ、今も環境問題などで地球を汚しています。戦争という殺し合いを21世紀になっても続けています。畜生とは人間のことかもしれません。
競馬もかつてはそうでした。馬第一主義が芽生えてきたのは最近の事です。50年ちょっと前ですが、米国のワシントンDCインターナショナルという国際レースに招待された日本のチャンピオンホース・タケシバオーが二度目の挑戦をした時でした。4歳時、無敵の戦績を積み重ねていたタケシバオーがどこまでやれるか大いに注目されました。しかし、不運なことに同馬は熱発で出走を取り消そうとなった時でした。関係者は「せっかく招待してくれたのだから出走させよう」となりました。本調子でないタケシバオーは惨敗。帰国後の引退式でもふらついていたとのことです。馬の事より体裁を重く見た時代だったのです。
ある時、友人と栗東トレセンに行ったことがありました。その時、友人が言うのです。「おい。、あの厩務員、馬に阿呆とか馬鹿とか言ってるぞ」私もそれを耳にしました。馬のおかげで生活しているのに何という扱いか、と友人は怒っていました。馬は言葉は分からなくても口調で分かるのです。優しい人間と怖い人間が・・・。
第1回ジャパンカップの時、その友人と東京競馬場で見た外国の馬を引いている人たちは自由で嬉しそうに見えました。その中には女性もいたのです。当時見ることはない風景でした。制服にヘルメットの日本側は、馬と人との間に線が引かれているように感じました。外国の方は、馬と人との信頼関係が見て取れました。上位独占した外国馬を見て、友人は言いました。「これでええんや。あんな扱いしてる人間は勝たれへんわ」ジャパンカップで目が覚めたのか、自己流の馬扱いに変化が生まれたと思います。その後留学する人も増え、徐々に日本の競馬は変わっていきました。
(つづく)