道頓堀で開催した「福永洋一&祐一親子騎手展」が終了しました。金・土・日を3週間。人出は戻ってきましたが、何しろ最初の2週間は雨にたたられました。雨で出かけようという人も少なかったようで、寂しい人出でした。最後はまずまず来ていただきました。80歳くらいの人が「福永の二代続けてのファンやねん」と熱心に写真をご覧になっていました。若い人は祐一ファンが多く、引退を惜しんでいました。お父さんはどんな騎手でした?と問われて、一言では言えないぐらい凄い騎手と答えましたが、ほんとその通りです。わずか11年の騎手人生で9回(9年連続)リーディングJで、まだまだ記録は伸びるという全盛時でのリタイアでしたから本当に残念でした。引退時には、リーディング回数はもちろん、年間勝利数、年間勝率も当時の日本記録でしたから。

 

 丁度開催中に往年のプロ野球の強打者中西太さんの訃報が伝えられました。中西さんもまた野球界での活躍は素晴らしいものがありました。腱鞘炎で実働年数は少なかったのですが、最初の10年で本塁打王5回、打点王3回、首位打者2回、最多安打2回と打ちまくりました。小学生の頃、父に連れられて大阪球場で南海と西鉄の試合を見に行き、中西さんが打席に向かうと敵味方無しに大声援が起こりました。人気選手でしたね。平和台での伝説の160mの大ホームランも有名ですが、ショートの頭すれすれのライナーが左中間スタンドまで行くという打球も凄かった。あんな打球を打てるバッターは日本にはいません。ヤンキースのマイク・スタントンというホームランバッターがマーリンズ時代にあんなホームランを打っています。来日したメジャーからは、当時メジャー級の日本人選手は只一人中西太だけだという話も残っています。福永洋一もそんな感じだと思いました。とんでもない才能も事故やケガには勝てません。それでも人々の記憶には残り続けます。四国の怪童と言われた中西選手、福永洋一も同じ四国の人。スポーツは違えど同じ匂いがします。福永洋一記念は今年5月30日高知競馬場です。

 

 オークスは、大本命リバティアイランドが大楽勝。中団に付けて直線楽に抜け出しての6馬身差。最近ではジェンティルドンナの5馬身が印象に残ります。昔ではテスコガビーが8馬身。うーん、凄かったなあ。21世紀になって凄い牝馬の登場が止まりませんね。秋はそんな牝馬の王道?秋華賞からジャパンカップでしょうか?凱旋門賞へは行かないのかな?