別にすることが出来て、ブログを2か月お休みとしたのですが、先日藤沢和雄調教師が定年引退されたので、藤沢師について書いてみることにしました。日本競馬を歴史的に区分するとしたら、単純に戦前、戦後とする案もあるでしょうが、私は、JRA発足の1954年以前と以後に分け、更にグレード制制定後の1984年以降を別にした3分類を提案しています。藤沢師は、グレード制以後の調教師で最高の成績を残された方です。通算1570勝、重賞126勝、GⅠ35勝(海外1勝を含む)10年連続を含むリーディングトレーナーになること14回。まさにレジェンドと呼ぶにふさわしい調教師です。歴代でも偉大な「大尾形」尾形藤吉師の1670勝に次ぐ第2位の記録を打ち立てました。尾形師は、国営時代を含めば更に1000勝は加算されるようですが、当時は馬房数の制限も、定年もない時代でしたし、「大尾形」の所へ馬を預ける大馬主は多かったので、まさに一極集中の時代でした。それだけ、藤沢師の記録は尾形師に引けを取らないものだと思います。1000勝以上の調教師はわずか14人。今の時代ではなかなか達成できない大記録でしょう。

 

 藤沢師の育てた四天王と言えば、タイキシャトル、シンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、グランアレグリアでしょう。皆、馬体も立派で凄みのある馬たちでした。七不思議と言われたダービー制覇は、時間がかかりましたが、2017年に19頭目の挑戦でレイデオロによって達成されました。師は、「年齢に関係なく、その馬の成長に合わせてレースを選び馬を育てていくのが方針で、ダービーは勝ちたいけれど、それがすべてではない」と述べています。昨年、キングストンボーイでダービー出走の資格を持ったが、まだ成長段階という事で出走を見合わせた事例にその精神が現れていましたね。また、馬は絶対能力がすべてで、ハードトレーニングで馬が強くなるわけではないともいい、きつい調教をせず、長めを何度も追いきる調教法を実践しました。また、きつい調教は馬を追い込むことにつながり、馬が走るのを嫌がらない調教方法が有名でした。それらは、若い頃留学したニューマーケットでの経験が生きたのかもしれません。

 

 私は藤沢流というのは王道を行く流儀だと思いました。東京競馬場で595勝、重賞49勝を挙げているように、大きな競馬場での大きな勝利、それが王道です。GⅠでの勝利には一流の騎手を乗せるというのも王道でしょう。GⅠでの勝利数は、ルメール10勝、岡部9勝、ペリエ7勝、横山典3勝と名手ばかり。特に岡部騎手とは馬優先主義という事で気があったのか、レース後二人で長い時間話し合っている姿の目撃例は多いと聞きます。GⅠは、プロ中のプロにしか頼まないというのも王道でしょう。

 

 藤沢師の著書を読むと、バランス感覚が優れた方だと感じます。外国を知っているが、一部の意見に流されない面もお持ちです。例えば、菊花賞や春天の距離短縮論に対して、時代遅れだが、意味のあるレース、成長が遅く春のクラシックに乗れなかった馬たちにとっては大切なレースだと述べています。また、スタミナは調教ではつけられないものだとも言われています。血統が一番だというのはよくわかるところです。師はマイル戦への評価が高く、ごまかしも、言い訳も利かない厳しいレースであると述べられています。特に東京マイルは力勝負で実にいいレースが多いとも。今年JCや有馬記念が4億円のレースになりましたが、安田記念は1億8000万円です。私の持論では、せめて天皇賞と同額でもいいと思うのですが。更に宝塚記念2200mは、まぎれのあるレースで、クラシックディスタンスの2400mが出来るようになったのだから古馬に年1回しかないJCの2400mに次ぐレースにしては、という提言も私が以前から競馬ブックの読者の声欄に掲載してもらった説と同じで、そういうことも考えている方だと感心しました。

 

 改めて、藤沢師の言動を見直すと、日本のホースマンとしては一番尊敬出来る人だと思いました。座右の銘「1勝より一生」は、師の考え方そのものだと思いました。決して馬を怒らない。「幸せな人が幸せな馬をつくる」それを体現した数少ない調教師でした。ありがとう。