あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
今年は6度目の年男で、最も運勢の強い「五黄の寅」というらしく、同年齢の久保カメラマンと、何かいいことあるんじゃないですかと変な期待をしていますが、どうでしょうか?虎にちなんでは、信貴山の朝護孫子寺が有名で、大きな虎のハリボテがあります。後、甲子園の「阪神タイガース神社」(正式名称は忘れました)にも阪神優勝を祈願すべく参らなければ・・・。また虎ではありませんが、正月7日には、住吉大社の白馬(あおうま)神事があります。この日に白馬を見れば、いいことがあるという言い伝えです。どこかから連れて来られた木曽馬の白馬が登場します。ここ数年は行ってませんが、昔はよく行ったものです。
木曽馬と言えば、若い頃に日本在来馬を訪ねて週末に旅をしたことがありました。競馬だけにとどまらず、馬自体に興味があったからです。その時には、木曽馬は絶滅の危機に瀕していました。只1頭残っていた第3春山号という馬によって再生されていったのです。そんな旅行記を当時の「優駿」に載せてもらいました。そのぺーじの隣に新進のカメラマンとして活躍を始めた久保さんの「ジョッキーズームアップ」が掲載されていたのです。かれこれ45年ほどたって、その二人が友人として競馬を楽しんでいるなんて不思議な縁だと思いますね。
3年ほど前に友人と信州へ行きました。「高ぽっち高原」での草競馬を見に行ったのです。日本で一番高いところで行われる草競馬です。その途中で、木曽馬牧場に寄りました。絶滅しかけていた木曽馬が増えていて嬉しい限りでした。木曽馬を始めとする日本在来馬は8種類。過去には南部馬などもいましたが、近代化の過程で絶滅しました。今残っているのは、木曽馬の他に、北海道和種(通称:道産子)、御崎馬、対州馬、野間馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬です。ほとんどが天然記念物になっています。道産子(どさんこ)以外は三桁以下で、二桁の馬もいます。これらの馬の祖先は、古墳時代にモンゴルから朝鮮半島を経由して対馬・九州に家畜として連れて来られたとの説が有力です。九州から北上したグループと南下したグループに分かれ、今の日本在来馬が出来上がりました。
日本在来馬は、家畜として農業を助け、又運搬用としても重宝されました。性格も温和で、ハミをかませる必要もなく、去勢技術もなかったため、増えていきました。戦国時代には、武器として大いに活躍しました。小型ですが、頑丈で、重荷にも耐えられました。有名な豊臣秀吉の「中国大返し」では備中高松城を攻めていた秀吉が、主君織田信長を討った明智光秀を攻めるため、大急ぎで京へ向かう大移動で、兵は荷を馬に委ねて走り、馬は100キロほどの荷を背に急ぎました。驚異のスピードは、光秀の想像を超え、勝利したのは、馬の力があったからだと言われています。
そういえば、若い頃乗馬をしていた時、ポニートレッキングで大阪南部の森や丘をポニーに乗って移動しました。馬は馬運車で、私たちは車で現地に行き、馬に乗り換えました。当時は私は60キロくらいでしたが、ポニーは大丈夫かなと心配しましたが、まったく頑丈で力持ち。大したものだと感心しましたね。100キロくらい背負っても問題ないようです。楽しい思い出でした。
今日は東西で金杯です。おめでたいレースは、皆取りたいので、このレースは、GⅠ以外で一番売れるようです。バブルの頃は、100億を超えた年もあったようです。でも、中京で行うのなら中京金杯でいいと思うのですがね。レースの歴史を振り返るとき、その方がああ、あの時は中京だったんだとすぐにわかるのですから、京都金杯はどうなんでしょう?中山金杯は、年男の横山武史君の馬から狙いたいと思います。
果たして「五黄の寅」の威力は?