競馬を通じて多くの友人が出来ました。どこでどう知り合ったのかも忘れるぐらいの期間です。その中にKさんと言う女性がいます。Kさんは、Mさんと言う女性とよく競馬場に来ていました。その頃(1970年代)は、まだ若い女性が競馬場に来ることは少なかったのですが、二人とも馬が大好きで、Mさんはいいカメラを持っていて、馬の写真を撮っていました。Kさんは、タニノチカラの大ファンでした。タニノチカラは、皐月賞、ダービーの二冠を勝ったタニノムーティエの弟で、大いに期待されていましたが、2歳時に骨折し、1年8か月休養を強いられます。3歳を棒に振り4歳夏に戻ってきたタニノチカラは、最下級から破竹の進撃で秋の天皇賞を勝ち取ります。そのレースっぷりは粗削りで、目黒記念では出遅れた上、向こう正面で一気に上がっていき、末脚をなくして3着。本番の天皇賞でも抑えきれずに残り1000mで先頭に立ちますが、凌ぎ切りました。

まだ未完成の同馬は、有馬記念でハイセイコーとけん制しあい、ストロングエイトとニットウチドリの後塵を拝してしまいました。

 

 タニノチカラは、独特のフォームの馬でした。首を低く下げて走る姿はかっこいいとKさんは言いました。5歳秋になって充実したタニノチカラは、無敵の強さを発揮します。京都大賞典で、ハイセイコーやホウシュウエイトなどの強豪を4馬身ちぎると、オープンを叩いて有馬記念に進みます。昨年の雪辱とばかり、スタートから先行すると、直線ではハイセイコーとタケホープを大きく離して独走。5馬身差をつける圧勝でした。Kさんは、大喜びでしたが、テレビは、ここが引退レースの人気馬ハイセイコーとタケホープの2着争いを大写し。実況も2頭の名を呼び続ける始末。

Kさんは怒り心頭、フジテレビはあかん!ほんまに強いのはタニノチカラや!どこ写してんねん!とおかんむり。2着ハイセイコー、3着タケホープの後ろは7馬身ほど開いていました。タニノチカラさえいなかったら、永遠の名勝負と言われたでしょう。タニノチカラが強すぎたのです。翌年の京都記念では、63キロを背負い、ラスト200mだけで他馬を大差にちぎるという驚きのパフォーマンスを見せました。

 

 Kさんは、ある時、女子会で一泊旅行に出かけました。その頃ビデオデッキが出回り、Kさんは購入し、丁度タニノチカラが出るレースを録画してもらうよう両親に頼んだのです。旅館から両親に電話したKさん。「うまく撮れた?」「それがなぁ、うまく出来なかったんよ」何と、お母さんはコンセントを入れてなかったそうです。Kさんは思わず、電話口で罵声を浴びせてしまいました。ふと見ると、お友達が驚いた様子でKさんを見つめていたそうです。他人には理解できない競馬愛といったところでしょうか。

 私が道頓堀ターフ倶楽部でいろんな企画展をさせてもらい、案内状を出したところ、KさんとMさんも来てくれました。長年年賀状だけの付き合いになっていましたが、二人とも元気でお子さんもおられて安心しました。昔の話で盛り上がりましたが、二人とも今でも競馬愛いっぱいでした。

 

 今週はエリザベス女王杯。簡単に予想しておきます。アカイトリノムスメ、ウインマリリン、ステラリア、テルツェット、レイパパレの5頭ボックスの馬連と3連複で計20点。