あっという間にパラリンピックも終わってしまいました。正直、オリンピックより感動しました。手や足を失った人、目が見えない人、車椅子の人等、懸命に走る、跳ぶ、越える、打つ、泳ぐ姿に人間の持つ力、スポーツの可能性が示されました。パラリンピックは、第二次世界大戦で負傷した兵士のリハビリとして1948年にイギリスロンドン郊外の病院で始まりました。正式には1960年ローマ大会が第1回です。

 障害者は差別され、ナチスドイツは、ユダヤ人迫害と共に、用のない人間として障害者も扱いました。日本でも最近、子供を持てない人に生産性がないといった時代錯誤的な言葉が政治家から発せられました。様々な障害を持っていても社会の一員だという事が分かっていない人が国をリードする立場にいることに驚きます。

 

 パラリンピックでは、色んなドラマが紹介されました。あるトライアスロンの選手は結婚5日後に片腕を事故で切断しました。失意のどん底で出会ったのがパラスポーツだったのです。多くの選手が、スポーツが自分を救ってくれたと述べています。特に視覚障害の選手は、ガイドランナーが付き添い、一緒に走ります。暗闇の中を走る感覚ってどんなものだろう?しかし、ガイドランナーの存在が助けてくれます。「きずな」と呼ばれるロープで結ばれた2人は一人となって走るのです。周囲が当たり前のように手を差し伸べるのが共生社会です。それが目の前で行われるのがパラリンピックの意義のあるところでしょうか。開催に賛否はありましたが、パラリンピックを見れてよかったと思っています。

 

 競馬の方は、夏競馬が終了しました。印象に残ったのは、やはり札幌記念と北九州記念でしょうか。前者では白毛のソダシが、後者では熊本産のヨカヨカが勝利。いずれも全サラブレッドの1%にも満たない馬同士が重賞で同日に勝利するというのは本当に奇跡でした。3歳牝馬の活躍が目立った年でもありました。また、2歳の有望な馬たちのデビューもたくさん見られました。コロナ禍でも競馬は滞りなく行われ、退屈を慰めてくれました。

 ところで、札幌2歳Sで除外になったダークエクリプスは、ゲートを潜り騎手を振り落とし、ゼッケンがお尻の方に下がったのを気にしたのか、何度も尻っぱねをしてから埒を飛び越えて転倒し除外になりました。ネットで見ると、埒を飛び越えるのがまるで背面跳びのようで驚きました。いくらオリパラをやっているとはいえ、馬までも背面跳びとは・・・。