今週月・火に世界最大級の競走馬セリ市であるセレクトセールが北海道ノーザンホースパークで開かれました。世界がコロナ禍にあっても、ここは別世界のように活況を見せています。2日間合計で225億の売り上げはレコードでした。残り少ないディープインパクト産駒の1歳馬は4頭が出場し、牡馬が3億と2億、牝馬が1億2000万、もう1頭の牝馬は主取りとなりました。セールの最高は、キズナの当歳馬で4憶1000万円でした。

 ディープ、キンカメがいなくなっても、購買者が増え、平均的に底上げされたことが今回の結果となったようです。

 

 1億円以上で目立った種牡馬は、ロードカナロア、ハーツクライ、エピファネイアで、新規参加ではレイデオロが人気だったようです。ポストディープ&キンカメの争いはますます激しくなるでしょう。

 さて、過去のセールで一番高かった馬は、2006年に取引されたディナシーという牝馬でした。この当歳に付けられた値段は何と6億3000万円でした。父キングカメハメハ、母トゥザヴィクトリーという血統のこの馬は、結局未出走に終わり、繁殖馬としても、これといった馬は残せていません。2位のアドマイヤビルゴは6億2640万で落札。現在オープン馬ですが、まだ重賞には手が届いていません。上位5頭は5億円以上で、まだ現役馬も3頭ほどいますし、ベスト10以内でもまだデビューしていない馬もいるので、結果は分かりませんが、高い馬だから必ず出世するとは限りませんね。仔馬の見かけや血統がいいと言っても大博打だと思いますが・・・。

 

 高い馬で私が思い出すのは、ハギノカムイオーです。1979年のセリ市で当時最高額である1億8500万円で落札されました。父テスコボーイは5度リーディングサイアーになった名種牡馬、母イットーは素晴らしいスピードで重賞2勝、幻の桜花賞馬と言われた馬でした。姉に桜花賞馬ハギノトップレディを持つ飛び切りの血統馬です。多くの購買者が牧場を訪れましたが、当時、庭先取引が主流でしたが、テスコボーイの牡馬にはセリ市への上場義務があり、生後7か月の時に静内でのセリに登場しました。それまでの最高額は、同じテスコボーイの牡馬に付けられた5000万円でしたから、1億8500万円は破格でした。これは社会的にも大ニュースとなり、新聞、テレビで大きく報道されました。

 

 軽い骨折があり、デビューが遅れたカムイオーは、1982年1月31日に京都競馬場の新馬戦に登場します。私は友人とこのレースを見に行きました。ものすごい人でパドックは満員。当日のメインレースより観客は多かったのです。史上一番注目された新馬戦だと思います。そしてカムイオーは2着に7馬身差をつけて快勝。一気にクラシック候補となりました。しかし、重賞を含む3連勝の1番人気で挑んだ皐月賞は、ゲイルスポートとの超ハイペースの競り合いが応えて16着と大敗。ダービーも断念しました。秋は神戸新聞杯、京都新聞杯と連勝。特に京都杯では2番手に控えるレースが出来たため、菊花賞では1番人気になりますが、何故か騎手が超ハイペースで大逃げを打ち、15着と惨敗します。

 4歳になり、宝塚記念を含む重賞3連勝で復活。特に宝塚記念は5馬身差の日本レコードでした。これで本格化と思われたのでしたが、秋は全く振るわず、ジャパンカップ、有馬記念と16着に惨敗。引退となりました。山あり谷ありの競走生活でしたが、終わってみれば、2億3000万円を稼ぎ出し、購買額を見事に上回りました。小柄で美しい馬でした。スピードの調整がうまくいければもう少し違ったレースが出来たのではないかと思えた馬でした。残念ながら種牡馬としては成功しませんでしたが、記憶に残る名馬の1頭です。

 

 ちなみに世界のセリでの最高額は、メイダンシティという馬の13億5000万円で、ドバイの王様に買われた馬でしたが、わずか1360ドルを稼いだだけでした。ハギノカムイオーは、その点偉いですね。

 そして、GⅠを勝った安馬たちはというと、タマモクロス、メイショウドトウが500万円、テイエムオペラオー、モーリスが1050万円、ジャスタウェイが1260万円でした。海外でもトレヴ260万円、スノーフェアリー21万円、テイクオーバーターゲット11万円・・・。

 馬は分からない、だから面白いのかも(笑)