前回のアングロアラブについてもう少し書きます。戦前の日本の競馬は軍馬改良のためにありました。日本の在来馬は小さく、日露戦争で大型のロシアの馬に敵いませんでした。そこで丈夫で粗食に耐え、気性も素直なアングロアラブが生産されるようになったのです。戦後は復興のため、各地の地方競馬で競走馬としての需要が大きくなりました。1970年代には4000頭を超えるアングロアラブが生産され、サラブレッド競走を補完してくれました。やがて、サラブレッドの生産が大きくなると、アラブ系競走は廃れていき、中央では1995年12月の中京アラブ大賞典を最後に姿を消しました。地方競馬では少し持ちこたえていましたが、最後までアラブ系の競走を続けていた福山競馬も2009年9月を最後にアラブ系競走は終了したのです。

 

 私はそんなに中央・地方競馬のアングロアラブのことは詳しくありませんが、アングロアラブの名馬として名高い馬は何頭か知っています。中央ならタマツバキ、セイユウ、シュンエイ、イナリトウザイ、アキヒロホマレなど。地方では、フクパーク、タイムライン、スマノダイドウ、ケイエスヨシゼン、トライバルセンプー、ホクトライデン、ローゼンホーマなどが有名です。どの馬が一番強かったなどという事は実際に見ていないので何とも言えませんが、サラブレッドを相手にしても問題にしなかった馬たちばかりです。

 

 私が実際に見て凄いなと思ったのは、北海道営のマルシンヴィラーゴという牝馬でした。父ローゼンタイム、祖父タイムライン、祖祖父タガミホマレと続くアングロアラブのサンデーサイレンス系ともいうような良血で、デビュー後ずっと大差勝ち、川崎の全日本アラブ争覇を2秒4差のレコード勝ちで全国に「狂気の女帝」として知られた馬でした。この馬が園田の楠賞全日本アラブ優駿に出走との記事を読み、ぜひ見たいと園田に駆け付けたのです。1993年5月の事でした。休み明けのトライアルを軽く勝って6連勝での参戦でした。この馬を見ようと満員のパドックで、私は関東の友人二人に出会ったのです。私たちは顔を合わすなり、「やっぱり」と言って笑いました。見たいんですね。馬券だけじゃないファンは。どんな馬かを見たい、知りたいのです。マルシンヴィラーゴは、雄大な馬格と、美しい青鹿毛の目立つ馬でした。私たちは、「アラブのテスコガビーだ!」と見とれました。テスコガビーは桜花賞を大差、オークスを8馬身差で勝ったとてつもない牝馬でした。青毛のとても立派な馬でした。道頓堀ターフ倶楽部で私が「現代名牝展」をやっていた時、グレード制以後の馬が対象でしたが、来てくれた何人かの年配のファンは「牝馬やったらやっぱりテスコガビーやで」と言われました。まさにマルシンヴィラーゴは、「アラブのテスコガビー」に見えました。

 

 しかし、断然の1番人気になっていたマルシンヴィラーゴでしたが、入れ込みがきつく、その心配通りに、ちぐはぐなレースっぷりで初の惨敗を喫してしまったのです。ヴィラーゴとは、じゃじゃ馬という意味だったのです。この時勝ったのは九州荒尾競馬から参戦していたダイメイゴッツという馬でした。馬券はもちろん万馬券。まぁ、地方アラブ系花盛りの頃の話です。マルシンヴィラーゴは北海道へ戻り、次戦は大差勝ちしたものの、長期休養に入り、翌年5月の復帰戦は7着と惨敗。これが最後のレースとなりました。

 

 このようにアラブ系馬の歴史は短いものでしたが、日本競馬の中での功績は揺るがないものだと思います。ぜひ馬産地で「アングロアラブコーナー」でも出来れば競馬ファンに知ってもらえ、喜ばれるのではないかと思う次第です。