中央競馬で、この70年間に5回以上リーディングサイアーになったことがある種牡馬は、クモハタ、ヒンドスタン、テスコボーイ、ノーザンテースト、サンデーサイレンス、ディープインパクトです。それぞれ一時代を築き、日本の競馬を発展させた大種牡馬たちですが、その中で今日3月15日が誕生日であるノーザンテーストを振り返ります。ちなみに同じ日が誕生日に武豊騎手がいます。
1970年代ヨーロッパでノーザンダンサーの人気は高く、それにいち早く目を付けたのが社台の吉田善哉氏でした。その命を受けた長男の吉田照哉氏がアメリカのセリで10万ドル(約3000万円)で落札。英・仏で20戦5勝、GⅠ仏フォレ賞に優勝し、英2000ギニー4着、ダービー5着と活躍しました。そして日本で1976年種牡馬入りするや、1982年から11年連続JRAリーディングサイアーに輝き、母の父としても1991年から15年連続リーディングブルードメアサイアーに君臨しました。
産駒は仕上がりが早く2歳から活躍し、多くの産駒は丈夫で長持ち、勝負強く芝でもダートでも走る万能性を持っていました。ただ、大物は少なく、当時世界一とも言われたジャパンカップの勝ち馬は出ていません。アンバーシャダイ、ダイナガリバーが大レースには勝ちましたが、現在は直系として残っていません。一時代前のテスコボーイがサクラユタカオーからサクラバクシンオーといまだにつながっていることを思えば少し残念な気がします。しかし、ノーザンテーストの本質は、牝馬に活躍馬が多く、ブルードメアサイアーとしては極めて優秀だったことで、サッカーボーイ、サクラバクシンオー、エアグルーヴなどの母の父として大いなる功績を果たしています。三冠馬オルフェーヴルもノーザンテーストの4×3というインブリードを持っているように現在でもその影響力は評価されています。
晩年は、社台グループの功労馬として大事にされ33歳まで長生きしました。サンデーサイレンス、ディープインパクト、キングカメハメハが16~18歳で亡くなっているのに比べれば、年間の種付け頭数が彼らより少なかったことが要因かとも思われます。通算1757勝は歴代4位、重賞勝利数は92勝で同じく7位。偉大な種牡馬でありました。