前回に続きもう少しテンポイント関連の話をします。
この3月3日に、元阪神タイガースの名三塁手、三宅秀史(みやけひでし)さんが86歳でお亡くなりになりました。私が小学生の頃に活躍した選手で、吉田義男さんとの三遊間は、華麗な守備で日本プロ野球史上最高の三遊間だと言われました。当時700試合6334イニング連続フル出場の日本記録((2004年に金本知憲選手が更新)を持っていましたが、不運にも練習中に左目にボールが当たり、選手生命を絶たれることになりました。
2009年にその後の三宅さんの波瀾に満ちた不運続きの人生を描いたノンフィクション「哀愁のサード・三宅秀史」を書いたのが、平岡泰博さんです。平岡さんは、元関西テレビの映像カメラマンで、多くのドキュメンタリー作品で賞を受けておられます。競馬中継も長年映してこられた方で、やがて作家に転身し、「虎山へ」で第1回開高健ノンフィクション賞を受賞されました。これは傑作だと私は評価しています。その後もいくつかの作品を発表。「流星の貴公子テンポイントの生涯」(集英社新書)もその1冊です。
平岡さんは、時々道頓堀の久保カメラマンのギャラリーへ出向いては昔話に花を咲かせています。杉本アナウンサーは長年の盟友で、「スギやん」と呼んでいます。映像カメラマンとして活躍されていた頃、テレビドキュメンタリー「風花に散った流星~テンポイント物語」(1978年放送)
を製作されますが、原本の構成を寺山修司に頼むのに、寺山を探し続けたディレクターの執念を語ってくれたことがありました。そのディレクターがいなかったらこの作品は出来なかったと。ヨーロッパのどこにいるか分からない寺山をオランダで見つけたのがそのディレクターで、大急ぎで交渉したのだと私に語ってくれました。この作品は私もビデオに残していますが、あまりに悲しくて二度と見ていません。雪の中を故郷へ帰るテンポイントの遺体を乗せた車が走り、生まれ故郷の吉田牧場で大勢の人が迎えてくれます。吉田牧場は、軽種馬牧場としては日本で最も古い牧場の一つで多数の名馬を輩出してきた名門ですが、昨年火災により繁殖牝馬を失い、ついに競走馬生産を終了することになりました。テンポイントのお墓はそのまま残されています。この一族の数奇な運命はまるで物語のようで、43年たった今でも私の中では色あせることはありません。