芦毛は絶対数が少なかった時代から今は全体の7%ぐらいになっています。グレード制導入以後、GⅠは今年の宝塚記念まで721レース。芦毛馬の勝利は54勝で、全GⅠの7,48%です。標準を少し超えています。新しいGⅠの大阪杯やホープフルSを除くと、芦毛馬が勝っていないGⅠは、フェブラリーステークスだけです。最多は、宝塚記念の7勝、2位は天皇賞・春の6勝、3位は菊花賞の5勝です。長距離がいいようです。

 

 では、グレード制以後の主な芦毛の名馬を生年順に見ていくと、タマモクロス、オグリキャップ、メジロマックイーン、ビワハヤヒデ、セイウンスカイ、クロフネ、ヒシミラクル、ゴールドシップ、クロノジェネシスとなりました。タマモクロス、オグリキャップの対決は、日本の競馬を大いに盛り上げてくれました。特にオグリキャップは、社会現象になるぐらいの人気を得た馬でした。また、芦毛馬の存在を世に知らしめたという点でも歴史的な馬でした。

 

 これらの馬は、主に2000m以上を対象に選びましたが、気が付くのは、牝馬が少ないという事実です。芦毛馬は短距離では牝馬の活躍は多いのですが、チャンピオン距離となると、牡馬が優勢でした。しかし、牝馬が強くなった今は徐々に強い芦毛牝馬が出てくるようになるかもしれません。すでに今年の宝塚記念を6馬身差で圧勝したクロノジェネシスがその筆頭でしょうか。

 

 グレード制以前に強かった芦毛で思い出すのは、1966年生まれのメジロアサマです。名種牡馬パーソロンの初期の名馬で、天皇賞をはじめ、多くの重賞に勝ち、パーソロンの短距離種牡馬、牝馬限定種牡馬という説を見直させました。1世代下の天皇賞馬メジロムサシとのワンツーも多く、実力互角の2頭は、斤量の軽い方が勝ち、メジロ記念などといわれました。

 

 

 種牡馬となったアサマは、受胎率が低く、初年度は産駒0という状況で、シンジケートも解散します。種牡馬失格の烙印を押されるところでしたが、馬主の北野豊吉氏は諦めず、種付けを続行しました。そして、生涯わずか19頭しか生まれなかったアサマの仔の中から天皇賞馬メジロティターンが生まれ、更にティターンの仔からやはり天皇賞馬のメジロマックイーンが誕生します。芦毛親子三代の天皇賞馬という奇跡を生んだのは、諦めなかった北野豊吉氏の執念が実ったもので、これは、日本競馬史に残る偉業といえるでしょう。