前回に続き白い馬の話です。白毛馬は生まれた時から白い馬ですが、芦毛馬はグレーの馬が多く、年とともに白くなります。中には芦毛とは見えない馬もいますが、やがて白くなっていきます。エイシンヒカリなどがそうですね。

 

 ペリーの黒船来航は1853年浦賀沖に現れ、江戸は大騒ぎだったようです。それから145年後にアメリカで生まれたのがサラブレッドのクロフネです。競りで評判馬となっていた同馬を落札したのは、ノーザンファームの吉田勝己氏です。そして馬主となったのが金子真人氏でした。21世紀2001年ダービーが外国産馬に開放される予定で、開国を迫ったペリーの黒船に引っ掛けて命名されたのがクロフネでした。

 

 栗東の松田国英きゅう舎に入厩したクロフネは雄大な馬格で評判になり、10月にデビューし、折り返しの新馬と阪神のエリカ賞を連続レコード勝ちして、クラシック候補となりました。

そして、4戦目のラジオたんぱ杯3歳Sを迎えます。ここでぶつかったのが、良血で新馬を楽勝していたアグネスタキオンと札幌3歳Sを勝ったジャングルポケットでした。1番人気となったクロフネでしたが、アグネスタキオンの瞬発力に屈し、ジャングルポケットにも交わされ3着となります。このレースを生で見ていた私はそのレベルの高さから、歴代の2歳戦の中でNO1のレースだったと今も思っています。この時のレコードは今も残っているはずです。3頭がまみえたのはこのレースだけでしたが、アグネスタキオンは皐月賞を、ジャングルポケットはダービーとジャパンカップを、そしてクロフネはNHKマイルCとジャパンCダートに勝利します。一瞬の三強は、永遠の三強に変わりました。

 

 クロフネは、芝とダート両方で強かった馬ですが、その能力はダートでより発揮されました。それも偶然の結果から・・・。

 3歳秋の天皇賞に向かうところが、外国産馬の枠は2頭。獲得賞金順で、メイショウドトウが当確で、クロフネは2番手かと思われましたが、賞金上位のアグネスデジタルが急遽出走を決めたのです。一部ファンから抗議の声が上がりましたが、何とアグネスデジタルが勝ってしまいました。ちなみに私は栗毛の綺麗なアグネスを贔屓にしていたので馬券を取ることが出来ました。アグネスとは何故か相性が良く、彼の引退式にも駆けつけましたね。

 

 方針転向を余儀なくされたクロフネは、ダートの武蔵野Sに向かいました。初ダートでしたが、3コーナー手前からスパートし、1分33秒3という芝並みのJRAレコードで快勝します。更にジャパンカップダートに挑戦。アメリカの一流馬リドパレスも出走していましたが、後方から徐々に上がっていき、馬なりで先頭に立つや、直線独走で、2100m2分5秒9という、またしてもJRAレコードで楽勝してしまいました。2着のウィングアローに7馬身差。ウィングアローがダートのGⅠ馬という強豪でしたから、とんでもないダートホースであることが実証されました。

 

 これらのレコードは、馬場改修が行われたため、表面上は消えましたが、改修前レコードとして記録されています。もちろん現在のレコードより速くいまだに更新されていません。また、この年の国内ダートの史上最高評価125ポイントを獲得しています。月日がたっても最強のダート馬、次元の違うダート馬という称号はクロフネのものです。

 

 翌年1月に右前脚の屈腱炎で引退となりましたが、種牡馬としても大成功をおさめます。今年種牡馬を引退しましたが、ベスト10に10回入るなど活躍。9月13日終了時点で歴代8位の1420勝を挙げ、重賞も44勝を挙げています。産駒は、芝・ダート両方で活躍し、短距離からマイルが主戦場です。また牝馬に活躍馬が多いのも特徴で、スリープレスナイト、カレンチャン、アエロリット、ホエールキャプチャなどが代表産駒です。

 

 母の父(ブルードメアサイアー)としても優秀で、ベスト10に入り、現在も3位です。父フレンチデュピティも名種牡馬で、特にブルードメアサイアーとして長らくサンデーサイレンスの2位を確保していました。親子そろって日本競馬を支えてきた功績は大きいといわねばなりません。

 なお、三強の他の2頭、アグネスタキオンも早死にしましたが、通算967勝、重賞勝ち55勝を数え、リーディングサイアーにもなりました。ジャングルポケットも度々20位以内に入り、重賞勝ちも36勝と及第点がつく内容でした。記憶に残る永遠の三強です。

芦毛の話、次回も続きます。