5月4日に高知で福永洋一記念が行われました。今年で11回目。早いものです。私は第1回に行ってきました。福永洋一は私より1歳年上。騎手試験に落ちて1年後にデビューしたので、私と社会人1年生のスタートが同じです。彼の同期には、岡部幸雄、柴田政人、伊藤正徳がいて、「馬事公苑・花の15期生」といわれました。

 

 福永洋一は、3年目から9年連続リーディングジョッキーとして君臨。天才騎手と呼ばれました。1978年年間最多勝、年間勝率第1位の日本記録を作りましたが、翌年落馬事故で再起不能の重傷を負い、騎手生命を絶たれました。1996年、長男の福永祐一がデビュー。順調に成績を上げ、2011年にリーディングジョッキーとなり、ここに史上初の親子リーディングジョッキーが誕生しました。

 

 2009年、父が生まれ育った高知でトークショーに出た祐一は、ここで父の名前がついたレースが出来たらと発言。高知競馬が賛同し、翌年から「福永洋一記念」という日本初の騎手の名前を冠したレースができました。その話を聞いて、私は友人と高知競馬へ出かけたのです。多くのファンが駆け付けました。31年ぶりの再会でした。福永洋一が息子に車椅子を押されながら登場した時、自然に涙が出ました。よく姿を見せてくれた、元気でいてくれた、と同時に日本一の息子だなとも感動しました。彼は、言葉は喋れませんが、多くのファンの「ヨーイチ!」という声援に笑みを浮かべていました。忘れられない感動的な夜でした。

 

 福永洋一の天才ぶりには何度も驚かされました。それを書けば長くなりますが、多くの競馬人がその騎乗を伝えています。事故がなければとんでもない記録を作り続けたでしょう。まだまだこれからという時でした。私にはもっと名馬に乗ってほしかったという気持ちがありました。どちらかといえば、少し人気のない馬であっと言わせたレースが多かったように思います。エリモジョージがそうでした。他の騎手が逃げると分かっていても、いつの間にか魔法にかかったように洋一に翻弄され、気がつけば遥か彼方に彼は位置していました。

 武豊との比較がよく言われますが、ユタカは稀代のエンターテイナーです。1番人気の馬で見せて勝つという競馬本来の王道を行った騎手です。洋一は、何をしでかすかわからない魅力の騎乗をしました。どちらも凄いのですが、洋一には名馬の数が少なかったのが少し残念です。1番人気の名馬で勝つというシーンをもっと見たかったというのが心残りです。

 

 今年は無観客で行われた「福永洋一記念」でしたが、ツクバクロオーが5馬身差で快勝しました。騎乗した宮川実騎手は、このレース3勝目。左目の視力を失い、復帰を迷っていた時に第1回のこのレースを見て、感動し、復帰を決意したという話が伝わっています。

来年は久しぶりに行きたいものです。