高松宮記念は波乱となりました。私の本命グランアレグリアは、最後凄い脚で来ましたが
届かずで惜しい星を逃がしました。道悪を考慮してもう一列前で運んでおれば、とは思いま
すが、競馬はそうはいきません。我々ファンや評論家はさも簡単にできるように言いますが、
乗っている騎手は瞬時の判断が要求され、そんな簡単なわけにはいかないのです。みんな
好位を取りに行っているので、少し抑えたのはやむを得ないところでしょう。同じような人気
だった、タワーオブロンドンやダノンスマッシュは、少しだらしなかったですね。やはり道悪が
こたえたのでしょうか?
道悪競馬は何度も見ていますが、一昨年の秋の菊花賞、秋天は凄かったですね。台風や
大雨の影響で中止になっても不思議ではない感じでしたが、両方生で見たものとしては、
史上最悪の道悪競馬として記憶されました。
かなり地味ですが、昔宝塚記念のことです。昭和47年だったと思います。メジロアサマ、ベル
ワイド、キームスビミーという一流馬と、ショウフウミドリ、タイヨウコトブキ、シンシティという
普通のオープン馬が出走していました。大変な不良馬場で、先の3頭は道悪下手、あとの3頭
は鬼のように上手い馬たちでした。レースは、その道悪上手な馬たちがインぴったりを回り
、一流馬たちはかなり外を回りました。直線で追いつくも、コーナーでまた離されて、まるで
セパレートコースで競馬をやっているようでした。最後力尽きた一流馬をしり目に道悪の鬼た
ちが上位を占めました。しかも配当が1200円ぐらいだったと記憶しています。ファンは本当に
よく知っていたのです。レースが面白かったのでよく覚えています。
ヴィミーの仔で小柄だったショウフウミドリに乗っていたのは、松本善登騎手。あの名馬シン
ザンの有馬記念で兄弟子栗田騎手の代役として優勝した騎手です。後にカツラノハイセイコ
でダービーも勝っています。松本騎手は、名門武田文吾きゅう舎所属で、名人栗田騎手や
天才福永洋一騎手の陰に隠れた地味な騎手でしたが、有馬、宝塚の両グランプリにダービ
ーも勝った騎手として歴史に名を残しました。