前々回のコラムで、アングロアラブのタマツバキをタカツバキと書いてしまいました。
タカツバキは、嶋田功騎手が1番人気でダービーに出てスタート直後に落馬した馬です。
アングロアラブのタマツバキは、1950年代の名馬で、日本競馬における最高負担重量
勝利を挙げています。その負担重量は何と83キロです。信じられない斤量ですね。
ちなみにJRAにおけるサラブレッドの記録では、ダイナナホウシュウ、リュウフォーレル、
タケシバオーが克服した65キロが記録です。また、障害馬では、ファンドリナイロが69
キロで大差レコード勝ちをしています。
ところで、タカツバキには、同名馬がいます。1960年代に活躍したヒメカップの母です。
アングロアラブのヒメカップは、父セイユウの代表産駒で、この馬もアラブの魔女でした。
向かうところ敵なしで、宝塚記念に挑戦します。その時までの成績は何と、20戦18勝
2着2回。9連勝中でした。サラブレッド相手に大逃げを打ち、場内は大歓声に包まれたと
いいます。流石に最後は、名馬リュウフォーレルにつかまりましたが、その健闘は大いに
称賛されました。
新型コロナウィルスのため、競馬は無観客で行われています。戦時中は別にして、初め
てのことです。1971年暮れに発生した馬インフルエンザの時は、関東の競馬が2か月中止
に追い込まれましたが、関西では無事に行われたのです。結果、その年のダービーは7月
になりました。史上に残る名レースで、坂上からロングエース、ランドプリンス、タイテエムが
競り合い、最後武豊のお父さんである武邦彦騎手のロングエースが勝利しました。この
世代の馬は本当に強く、今でも最強世代と言われています。
今回、無観客のため、四位騎手の引退式はファンの声援もなく寂しいものになりました。
四位騎手は、何といってもウォッカのダービーでしょう。あの強烈な印象は忘れられません。
早くからその素質を買っていた私は、単勝をドカンと買うはずが、疑心暗鬼が高じて1000円
だけにしてしまったのもほろ苦い思い出です。信じることは大事ですね。
四位騎手は、その成績からも立派な騎手人生だったと思います。昔のインタビューで、
趣味を乗馬と言っていました。本当に馬が好きなんでしょうね。どんな馬を育てていくのか
楽しみです。
*今週の競馬ブックファンのページに「JC改革論」として私の投稿が取り上げられました。
興味のある方はご一読ください。