人は死ぬと覚悟したとき思うこと | 正常化から最適化〜日々のひとりごと

正常化から最適化〜日々のひとりごと

Labo éclat 主宰/MASAMI.INFO
本厚木在住 山口まさみ

心・体・思考・人間関係を整える“正常化”の段階を超えて
資質・環境・思考・運命・潜在意識を“最適化”しながら
みなさんと一緒に “最高峰” へ向かうわたしの日々と脳内記録

47年間

そこそこいろんなことがあった。

 

生まれ持った性格…ってあるとは思うけど、生きた環境によって人は変わる。

 

乗り越えて来た数や、乗り越え方で人のスキルは変わる。

 

物事の考え方で、他人との関わり方も変わる。

 

昨日、講師の先生が

成人して家庭を持ち、

仕事に明け暮れる青年が

死にかけて思ったこと。

という動画を見ました。

 

私も

7歳で死にかけた時、

これで私は終わるのかと覚悟したことがありました。

 

40年前

私はたかが盲腸の破裂で死にかけた。

 

たった40年前の当事、日本の医療界では幼児の盲腸を発見できず死に追いやってしまう。ということが普通にありました。

※大人になってそんな医療裁判記録を散々読み漁った時代もあった。

 

死ぬほどの痛みとは、

子どもでもわかるもので、

 

たった小学一年生の私は、

手術に怖がっているだろうと

気を遣ってくれて

「大丈夫だからね〜」

となだめてくれている看護師さんに

 

 この痛みがなくなるのなら

 今すぐにお腹を切って欲しい!

と啖呵を切った。

 

看護師さんの優しささえ、

受け入れる余裕はなかったんです。

 

いるかどうかわからない

神様に願った。

 

私が生きてたら

自分は

世の中に価値のある人間だと覚悟します。

 

麻酔が聞き始めたあの時、

もし、

自分が明日生きていたら、

できる限りの精一杯

意味のある生き方をしようと思った。

 

たかが7歳でもそう思う。

※盲腸は破裂し、膿は腹部のあらゆる臓器に逡巡し始めており、管を入れてお腹の中をジャブジャブ洗ったと聞きました。

 

私はあと手術が3分でも遅かったら死んでいたとのことでした。

※当時は医療にそんな守秘義務もなかったらしい。

 

昨日見た

死にかけたその青年である講師の先生は、

もし生きていたらやり残しのない人生をと思ったと言っていました。

 

あれから40年…

私は

悔いのない人生を生きようと

改めて実感しました。