さて、ぜひご紹介したいお話があり、こちらへ続きを書かせていただきます。
ジャズフェスティバルの当日、地元テレビ局のローカル番組でもその特集が組まれており、その中で興味を引く話題がありました。
このフェスティバルには、アマチュアとプロが区別なく出演します。プロミュージシャンの出演情報の一つとして大江千里さん出演があると紹介され、その近況についてご本人のインタビューを交えた特集コーナーがありました。
皆様もご存じのとおり、第一線で活躍されたシンガー・ソングライターの大江千里さんです。ジャズも演奏なさる方だったのかな、と思っていたのですが、なんと現在はジャズピアニストに転身されていたんですね。
現在56歳の大江さんは、47歳の時にジャズを学ぶため、世界的に有名なニューヨークにあるジャズの専門校へ入学しました。
10代のころからジャズに憧れており、それを学ぶためです。当時、仕事はとても充実していたそうなのですが、どこか目に覇気がない。自分が本当に笑っていない、と感じていたそうです。
自分が本当にやりたいことをやれていないのでは?と考えていたとか。ちょうどその時期に、友人を亡くされて、そのことが自分の今後の人生を考えるきっかけとなりました。
何かもうひとつやりたいことがあると考え、ジャズを学ぶため、今までのキャリアを捨てて渡米したのですが、想像していなかったような苦労の始まりでした。
周りの学生さんは、いわゆるジャズエリートばかりでほとんど20代、なかなか友達もできません。
今までの仕事柄、ポップスからなかなか抜けきれなかった大江さんは、クラスメイトから「このクラスにジャズができていない人が一人いる」と揶揄され、それが自分のことだと気づいて大変恥ずかしい思いをされたそうです。
またある時は、教授の一人から「君はこの学校始まって以来の劣等生だ、出ていけ」と怒鳴られたり、徹夜で書いた楽譜を目の前で破られて「そういうことは楽譜に書かず心で感じて弾け」と言われたり。
自分が今までやってきたことが全て否定されたような気がしたけれど、そういう人たちをも納得させられるような音楽を作らなければ、生き残っていけないんだということを学んだそうです。
学校から帰るとピアノの猛練習。住んでいた地元ブルックリンの人たちとの交流が、心の支えとなりました。
そして2012年、卒業試験に見事合格し、卒業されました。卒業式では、自分のことを「劣等生」と怒鳴りつけた先生が、喜んで泣いていたそうです。
ニューヨークに来て良かった、と心から感じたとしみじみと話していました。
「音楽ってすごいなと思うような曲を、残りの人生で1曲でも生みたいと思ったら、迷っている時間がない」という言葉が印象的でした。
そのニューヨーク留学生活を綴ったエッセイ「9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学」という本が発売されたそうです。ぜひ、読んでみたいと思っています。
若いころの苦労とは違い、このようなキャリアのある方がゼロからスタートして苦労するというのは、並大抵ではありませんね。
それでも成し遂げたこと、素晴らしいと思います。とても感動しましたし、私自身もいろいろと考えさせられました。
結局、何かをやる時、一番大切なのは自分がやるかやらないか、努力するかしないか、それだけしかないんだと改めて感じました。
今回、大江さんのステージを見ることは残念ながらできませんでしたが、今後はジャズピアニストとして、もっと活躍していただきたいと思っています。