わ~。

病んでるや~ん。

てなわけで アメ限にしてみました。
(削除しないとゆう、、、)

さてと 今日は 94、くしの日なんだとか。

串?

や、 櫛 だって。

あ、、、なるほど。で?

毎日毎日 ご苦労様なのです。
なんでも 何かの日々
良し悪しだなぁ、、、て。

なんだか 蜜がない。
可愛げなくなりました。
だから 貢がない。


ドキドキしてたい
それは かわらないし

年齢を重ねたせいか
逆に ときめく

そう簡単でもなく
それでいて
ささやかです

好みがはっきりしてるせいか
つまらないこだわりがなくなって
自分てきに楽になりました

自分探しみたいなこと
いらなくなったし

ほしいもの てゆうより

自分にとっての新しいことが
区別できる喜びがね
わかりはじめて

後悔すること
羨むこと

くやしくない気持ち

やりたいことは 
いつでも モードをかえて浮かび

すきあらば しでかす やらかす

いたずらっ子みたいに
ドキドキする~。

かわんないね~。て
にこにこしてもらえたら 万々歳♪

私で 遊んで

いつか バイバイするんだし

今日は あなたのもので いさせてください

そんなふうに思うの

だから ママにも。
今日も娘で。

彼女の好きなスタイルにして
そばにいる

べったり一緒は らしくないから

いいね。
そのときは どちらかのタイミングで
いつかまた 逢えるときまで
お別れです。

さて 前置きは このへんで。


5月でした。

突然 パパの時計が 壊れました。

認知? アルツ?

いずれにしても
ドクターいわく
ショックによるものは 否めないね
、、、て
そのころにおきた日常を話した結果

ドクターが悲しそうに苦く微笑んで

長年診てくれていたからこそわかる
父の性格から

最後の 大切な診察を
ありがとうございました

人の言葉とは あんなにも暴力になるのかと

さすがに義姉に 直接は言えなくて
それとなく 成り行きを話したけれど
自覚はなく
叔父や 叔母たちも言葉を失い

生きてきた環境が違いすぎると
理解できないんだろう、て。

義姉は 看護師で 婦長だったのに?

献身的なのは 職業柄だったのかな
、、、て思うには
あまりに悲しい結末です。


ひとまず
やらねばならなかった施設探しを
独りでかけまわることになったけど

手続きを助けてくれたのは 以前 お婆ちゃんのときに
お世話になった ケアマネ様のおかげさま

5年半 おつきあいできてたせいか
なんとも素早い対応 ありがとうございます

とはいえ
こんなにも大変だとは
おもわなんだ

施設の見学と申請だけで 15箇所ぐらい

どこも 空きなんかなくて
2、3人まち。

まち。
とゆう言葉は
残酷ですね。

だってつまりは
誰かが 天国にゆく、、、てことなわけで
それまち、、、て。

いつになるかわからない

数えてはいけない数字
願ってはいけない希望
待ち望んではいけない電話

そんななかで
やく ひと月
ママと二人三脚で パパの見張り番
ひどい言い方かもだけど
介護、て 忍耐です。

夜中のほうが元気なので(笑)
玄関そばのリビングで
ソファー生活

普段より 歩くは 走るは
いろいろ活発で
意識がないほど
人って凄い力があるんだなて
あらためて知りました

ただ 自分の実父でよかったかもね

ね。ババ。

6月中は あちこちの施設をつなぎ
7月 受け入れ可能な施設へ。
すでにこの間に
私を忘れ始めました

子供が泣きじゃくるみたいに
おいかけてくるババに
振り向いてあげられなかったこと。

ごめんなさい

、、、夫婦とは。

8月にはいり
地球までも なんだか荒れ狂う日々

ママの病状が変わりはじめました。
はっきりとは言わないけど
ドクターの口調と CTと MRI と
レントゲン写真から
だいたいのステージがわかります

そして ドクターから
あなたの治療は どうしてますか?

、、、て。

今じゃないかな?って
頑張ってるつもりですが。

くれぐれも
病気をなめないように。

けして油断できない
あなたも。

はい 指差して


と いきなり 酸素量を計られ
ついでに バイタル~。
小さなため息と 苦笑い。

ふたりとも
まずは 食べて
がんばりましょか。


釘をさされたぐらいにして。

厳しく優しく
見おくられました

ドクターは 週に1度 大学病院から
きてくれます。

また 来週ね。
元気で おあいしましょう

と。

そんなわけで

5月から おきたこと
でした。