親戚の家の八重の桜

 
小さいころに 私が あげた桜だとか

覚えてないんだよね。
今は亡き 叔父の忘れ形見として
春がくるたび 叔母が話してくれます。

先日 その叔母が 急に たずねてくれました

たくさんの春の和菓子と
ひと枝の桜をもって。

こないだ熊本の地震の話で
私と電話で話したあと

なんとなく doro家のことを思っていたら
なんだか 胸騒ぎがしたのだとか。
庭にでたら 八重桜が一枝
ポキリと折れていて
これは なにかが起きてる と、
思わず それをもぎとり(苦笑)
御菓子を買い込み
doro家に直行。

おそるべし 叔母。

まさしく そのとおり。

doroの近況。

ママの闘病も いよいよ佳境。
なだらかな山並み
よせるさざ波。
覚悟はできてるけど
マザコンの私
本人には 知らせずに
穏やかな眠りまで
楽しくすごせるように きめたものの
癌患者よりも
酷い貧血で 倒れました。

アホか。私。

でも ゆかねばなるまいっ。

信愛なる姉が 大事にしている
INORANさんライヴへ。

これも アホか。でしょうが
見届けたいことが どうしてもあったの。

そして
見届けてきました。

昨年のツアーより さらに
なにか確信をつかんだような
そんな力強さ

新たなるレコーディングや
アジアツアー
古くからの仲間との試み

ひとは 前進あるのみだな、、、て
感じました。
それもまた
時の知らせを つかめる時こその賜物です。

とかいいつつ
こっちは なにも 今じゃなくても
、、、と
パパの認知が 始まりました。

まだ 軽度。

でもね、
手続きには ひと月ぐらいかかるはず
と 手配しました。

頼りにできる人をたどったら
ちょうど、熊本の被災地に行ってらしたりしてたけど
逆に それほどにパワフルな人だと あらためて知り
連絡まち。頼もしい限りです。


連休明けには
いろんなことが 動きだしそうです。

自分の体力と 病気のことが
すべてにおいて 妨げにならないように
いまこそ気力勝負。(気力しかない。)

八重桜が折れたこと。
叔母を呼んでしまったけど
心配してくれてありがとうね。
ふとね、亡き叔父が なんか働いてくれたようにも 感じました。


そんなこんなで
29、30日と開催されていた アラバキロックフェスにも
今年も行きませんでした。

そういや数年前のアラバキ最終日の夜
ママが 大動脈解離で 倒れ
ほぼ手立ての無い中で 奇跡的に回復。
なんてことも あったっけ。

相川さん 同じ病気だったんだな、、、て 思うと
また つらいのです。

今 できること。
すべきこと。

最善をつくしたい。

職場では 大好きな女の子が 今日からいよいよ産休です。
会えなくなるのは 淋しいけれど
昨日は、ラスト
元気な赤ちゃんを産んで
母子ともに元気な顔を見せてくれる約束をしてくれました

今の私には
なによりもの励みです。

あぁ。
なんだか わけのわからない近況報告ですね。

できれば 相川さんの お通夜や告別式にだってゆきたい。

そういえば (ごめん)
清春くんの唄う姿もみたい。

さて。

どこまでも
底無しに 欲深く 罪深い私。

ママが 笑いながら
想いは 頭じゃ解決できないものよ。
心にしたがいなさい。
、、、て 言ってくれてます。

ねぇ 神さま。
私は 幸せですね。

どんなことが おき続けようと
私達は 未来にしか生きれない。

進みでた先が
在るべき場所ならば
その時の心の声に 素直でいれますように。





折れた八重桜の 枝振りやしかり

これまた 自由きままに 曲がりくねっておりました。
まるで 私。

折れてるくせに
もぎとるまでには
一筋縄ではいかなかったわ
って 叔母も笑ってました。






今年の桜は
いつも 雨模様でした。

でもね
桜は いつだって
凛として 堂々と咲き誇り

雨や風に 煽られてても
どんなに 花びらを ひきちぎられても
最期まで 文句ひとつ言わず
咲き 桜の樹として次の段階へ 進んでゆきました。

生きて まっとうすること。

諦めるなんてのは
人間くらいなのかな、、、なんてね。

無力さを ことごとく感じてしまうけれど

できるだけ潔く やれるように
いまは 踏ん張り時。

まずは 心に素直に。

窓ガラス、屋根をうつ 春の雨音
それすらも 厳しいけれど
なぜか優しくも聴こえる朝でございます。