時折 自分は何でできてるんだろ、、、とか
消えてしまった記憶以外に
覚えてることの中に
今の私になるまでの
要素みたいな
理由づけを
さがしてしまう時間があるの

誰かと比べるつもりもないし
世の中の価値観なんかじゃ
どれも
誰にも理解できないかもしれないことの連続
doroは
そんな銀河に迷いこんだ
ちっちゃい星屑でした。

子供のころに 大人を知って
大人になり始めたら 子供になりたくなった。

その不具合が くれたプレゼントは
夢みたいな日々と
甘かったり苦かったり
辛かったりしょっぱかったり
すっぱいようで

でも サイダーみたいに
キラキラで ピリピリしてて

その時すぐに
飲みほさないと
気がぬけてしまいそうな毎日


私の音楽感

19の冬。

不思議の国の扉をあけてから ずっと
私が見て 感じたこと。

味わったことのない
音楽との生活でした。

音楽には 誰かが名付けた いろんなジャンルがあって
どれもが 確立されてるようで
そうじゃなくて
すごく柔軟で 純粋で 複雑で 単純。

人の人生をたっぷり吸い込んでる音楽は
いつでもフレッシュ


ソノシートと呼ばれるレコードを知ってる?

doroが 暮らした
不思議の国には
しょっちゅう
毎日のように
フレッシュな音楽が
ソノシートやカセットテープで やってきてました。

それも
その音を造った本人たちが
いそいそと♪ご一緒に。


不思議の国では 路上ゲリラで
時々 ライヴ
すれすれのドキドキ
ギリギリのセーフ


音について

人はそれぞれ

奏でること
その瞬間を
綴りたくて

表現もいろいろ

doroにとっての Punk 。

『DOLL』

この雑誌が無かったら
日本のパンクロックは
育たなかった




日本人ロックミュージシャンで
この雑誌を知らない子達は もぐり。

そう 言い切ってやろうじゃないの。

勿論、
かの フールズメイトと 宝島
ミュージックライフも。

そんなこといったって
生まれた時代が違うんだから、、、
doroちゃんは 
いいはじめたら
きかないんだから

もし 今
彼が私の目の前にいてくれてたら
そういって笑ってくれるかな

相川さん。
あなたが 私に教えてくれたことは
あなたが 私達に教えてくれたこと
あの時代の音楽に ミュージシャンたちに
注いでくれた愛情と 忍耐と 夢と 希望
 
いつも 私達と同じ目線で
一緒に 怒ったり泣いたりしてくださったこと
あなたが愛してやまなかった
この素晴らしき
日本のパンクロックを

私は 絶対に忘れません。
ありがとう。ありがとうございました。

だけど
少し 早いよ。
まだ 行かないでいてほしかったです。

せめて もういっかい 
doroは あいとうございました。
そのうち みんなで逢おうね、、、て
いってたじゃないですか。
あの電話が最後になるなんて


2016年 春。
パープルレインにつつまれて

感謝と哀悼
DOLL 社長
相川さまに 捧げます。

相川さん
今頃 ランコさんやU子姉さんと
天国のお花見かな

まっててね。
doroも そのうち ゆくから。




心配ごとが ふえました。

淋しがりやの仲間たちも おじちゃん。
あなたが先にいくなんて
たぶんみんなが 驚いてるにきまって増す。

おりしも 新宿では
パンクロックの祭典中

見た目はいかつい ミュージシャンたちが
涙目で 酔いまくる夜だったようです。

ゲット ザ パンク

あのアルバムを監修してくれた気持ち
素敵です。
本当に ありがとう。


訃報の知らせのなか
『なぁ doro
おまえのパンクは元気かい?』
だって。

『元気よ。』

ベタだなぁ。
でも いっか。

誰かが 旅立つたびに
何かにつけて 終わりを語る人たちがいるけど

私は そんなことより
せっかく教えてもらえたこと
学んだこと
味わった素晴らしき世界のことを
次の命たちへ
ちゃんと繋いでいかなくちゃ
て 
それができるような
生き様を
残せる年寄りにならなくちゃ駄目でしょ!
って
 
発破かけなくちゃね。私。
、、、ね。