勉族、最後の日(仮)
僕をこの非日常に引きずり込んだ恩人が、イエローコートを去った。
彼等との一方的な出会いは、もう10年以上前に遡る。
「Legend」のseason3だった。当時大学生だった僕は、日本体育大学の文化祭で行われるLegendを、バスケ経験者の友人と二人で観戦に訪れた。これが僕とストリートボールの馴れ初めだった。そこには、現在SOMECITY統括責任者としてリーグを運営するAJと、現ballaholicディレクターであるTANAも、ballerの一人として参加していた。最高の笑顔で見たこともないドリブルを突く彼等にも面食らったものだが、もっと衝撃的なボーラーが2名いた。
配布されたパンフレットに目をやる。「ぬま」と「仮エース」。「AJ」や「TANA」をはじめ他のボーラーが皆カッコ良い横文字で表記されている中で、彼等の平仮名はそれだけで異質だった。ていうか、「仮」ってなんだよ。只の「エース」じゃダメなのかよ。それだけじゃない。プレースタイルも、他のボーラーとは一線を画していた。まず、(当時の僕から観れば)圧倒的に真剣さが足りなかった。「最強の一人を決める」と謳っているはずのシリアスなバスケットボールリーグに、勝敗を度外視した目立ちたがり屋が二人いたのだから、とんでもない話である。例え劣勢でも、試合中に突如として始まるぬまのコミカルなフリースタイルは所謂大道芸人のそれで、僕は大多数の観客と同様に思わずニヤニヤと手を叩いてしまった。やられた。気が付けば彼の術中にハマっていた。そして何時の間にか、彼から目が離せなくなっている自分に気が付いた。
そして、もっととんでもないのが仮エースだった。「得点の狂気」とMC MAMUSHIに紹介された彼は『キン肉マン』に登場する阿修羅マンの如くシリアス面とギャグ面を使い分け、身の毛がよだつほど正確なシュートを武器に、ちゃっかりとチームを勝利に導いてしまった。「マジかよ。こんな勝ち方があるのかよ…。」衝撃だった。ジャンルこそ違えど同じ球技である「バレーボールで勝つためには、時として味方を叱責しなければならない」と考えていた僕にとって、彼等の「笑バスケ」は、勝利至上主義だった自分のスポーツ論を、根底から覆すものだった。その後も僕は、暇を見つけては、ぬまと仮エースを観にLegendへ足を運んだ。
それから2年後、SOMECITYが誕生した。さらに翌年、ぬまと仮エースが所属するストリートボールチーム・「勉族」がSOMECITYレギュラーチームに加入する。僕がSOMECITYに参加する、9カ月前の話だ。
チーム戦で行われるストリートボールリーグ・SOMECITYでも、やはり彼等は異彩を放っていた。何せ、毎回チームがシャッフルされるLegendでさえ、彼等のうちどちらか一方がいるチームはバラエティ色が強くなるのだ。その二人が常に同じチームでプレーする勉族は、常にSOMECITYにおける紅一点ならぬ笑一点だった。どのチームの誰にも真似できないオンリーワンだった。7年間、彼等は彼等にしか出来ない役割を果たし続けた。何故かJ-POPの入場曲には、自然と手拍子が生まれた。試合中にも関わらずDJの音楽に合わせて踊りだし、子供みたくコートに乱入するベンチ。初代アドバンテージルール職人・#8 イデイ。K-TA(F’SQUAD)にCHIHIRO(平塚Connections)にTAKU(元TEAM-S/現NBDLアースフレンズ・ヘッドコーチ)にスコ抜きされ、ボコボコにされても笑いが取れる彼は、(アドバンテージルールの趣旨にそぐわない存在だったかもしれないが)初期の勉族と勉族ファンにとって間違いなく欠かせない存在だった。終盤まで優勢にゲームを進めながら、無駄なムーヴでスタミナを消費してガス切れを起こして、ラストプレーで逆転負けを喫した試合も少なくない。負けて尚、彼等はエンターテイナーだった。唯一彼等がCHAMPIONになった、2011-2012 2ndシーズンのPLAYOFF。最後にぬまが放った3ptがブザービーターに変わった瞬間を、泣き崩れた彼を支えるチームメイトの姿を、僕は一生忘れないだろう。その後のTHE FINALでメンバーが集まらずサクッと1回戦敗退に終わったことも、多分一生忘れないと思う(笑)#11 ヨースケ(現TKbjリーグ・信州ブレイブウォリアーズ)と#17 ヤス(現TKbjリーグ・大分愛媛ヒートデビルズ)、2名のプロフェッショナルボーラーを輩出していることも忘れてはいけない。平日ど真ん中の仕事終了後に行われる柏~川崎間の大移動は、僕達が想像する以上に過酷だったはずだ。主力メンバーが間に合わず、GAME1に登場する日は大抵ボロ負けしていたっけ。珍しくアドバンテージルールに登場した#1 ぬま がレフェリーをスクリーンに使ってレイアップを決めたのには笑ってしまった。Wヘッダーで2連敗したにも関わらず#6 仮エースが3ptシュートを無茶な体制から何本も沈めてMIPを受賞したこともあったな。何度も入替戦を経験したけど、SOMECITY CRASHに負けたことは只の一度も無かった。尻に火が着いて後が無くなった貴方達は、本当に強かった。僕は、今でも後悔している。第5戦のプレビューを書く前に、勉族の自動降格の可能性があることに気付かなかったことを。もし気付いていれば、触れていれば、書いていれば、結果は違ったのかな。いつもみたいに#96 ダークロを含むフルメンバーで臨んでいたのかな。そんなのおかしいって分かってる。誰が相手だろうと、誰を欠いていようと常に自分達のバスケットボールを貫けるチームこそが、このイエローコートに立つべきだって。そんなこと十分分かってるんだよ。でもね。頭では理解していても割り切れないことだってあるんだよ。別に何処か特定のチームに降格してほしいわけじゃない。SOMECITYから勉族が居なくなることが、堪らなく悔しくて悲しいんだよ。開幕4連敗をくらった、今シーズン第4戦が終わった後のインタビューで、ぬまさんは「ここだけの話な、降格しても良いと思ってるんだ俺は」って言ってた。それが100%本音じゃないことも分かってた。世代交代が上手く進んでないことなんて誰の目から見ても明らかだった。それでもベテラン陣は、7年前と変わらずチームを牽引した。#3 てる、#58 魚住、#33 ジョンコヤマら辛抱強く使い続けた若手が、ようやく戦力として計算出来るようになったシーズンだった。
2016年1月6日、SOMECITY 2015-2016 TOKYO 2nd第7戦。平塚Connectionsと行われた昨日のシーズン最終戦に、久しぶりに勉族メンバーが全員集合した。DJを務める KENKENさんが、彼等の大好きなJ-POPを繋ぐ。結果にこそ恵まれなかったが、最後の最後で最後まで、彼等は観客を巻き込む笑バスケを、タイムアップの瞬間まで自分達のスタイルを貫いた。試合終了後、試合に勝利した平塚Connectionsが足早に退場し、敗れた勉族がイエローコートに残った。自動降格が決まったチームのカーテンコールなんて、前代未聞だ。でも、きっとあの場に居た全員がそれを望んでいたんだと思う。
代表・ぬまが振り絞った感謝の言葉と共に、勉族のSOMECITYが、その幕を閉じた。
僕がこの非日常に足を踏み入れたキッカケは、貴方達でした。
僕にバスケットボールの面白さを教えてくれたのは、貴方達でした。
数えきれないほどの笑いと感動を、どうもありがとう。
7年間、本当にお疲れさまでした。改めて書くと「7年」ってすごいよね。
流石に疲れたと思うから、少しだけゆっくり休んでください。
でも、その代りすぐ戻ってきてくださいね。
貴方達の居ないイエローコートで、僕が憧れた、
強くて楽しい勉族の帰りを待ってます。
2016/1/6 高円寺の自宅にて
石井ジョゼ
彼等との一方的な出会いは、もう10年以上前に遡る。
「Legend」のseason3だった。当時大学生だった僕は、日本体育大学の文化祭で行われるLegendを、バスケ経験者の友人と二人で観戦に訪れた。これが僕とストリートボールの馴れ初めだった。そこには、現在SOMECITY統括責任者としてリーグを運営するAJと、現ballaholicディレクターであるTANAも、ballerの一人として参加していた。最高の笑顔で見たこともないドリブルを突く彼等にも面食らったものだが、もっと衝撃的なボーラーが2名いた。
配布されたパンフレットに目をやる。「ぬま」と「仮エース」。「AJ」や「TANA」をはじめ他のボーラーが皆カッコ良い横文字で表記されている中で、彼等の平仮名はそれだけで異質だった。ていうか、「仮」ってなんだよ。只の「エース」じゃダメなのかよ。それだけじゃない。プレースタイルも、他のボーラーとは一線を画していた。まず、(当時の僕から観れば)圧倒的に真剣さが足りなかった。「最強の一人を決める」と謳っているはずのシリアスなバスケットボールリーグに、勝敗を度外視した目立ちたがり屋が二人いたのだから、とんでもない話である。例え劣勢でも、試合中に突如として始まるぬまのコミカルなフリースタイルは所謂大道芸人のそれで、僕は大多数の観客と同様に思わずニヤニヤと手を叩いてしまった。やられた。気が付けば彼の術中にハマっていた。そして何時の間にか、彼から目が離せなくなっている自分に気が付いた。
そして、もっととんでもないのが仮エースだった。「得点の狂気」とMC MAMUSHIに紹介された彼は『キン肉マン』に登場する阿修羅マンの如くシリアス面とギャグ面を使い分け、身の毛がよだつほど正確なシュートを武器に、ちゃっかりとチームを勝利に導いてしまった。「マジかよ。こんな勝ち方があるのかよ…。」衝撃だった。ジャンルこそ違えど同じ球技である「バレーボールで勝つためには、時として味方を叱責しなければならない」と考えていた僕にとって、彼等の「笑バスケ」は、勝利至上主義だった自分のスポーツ論を、根底から覆すものだった。その後も僕は、暇を見つけては、ぬまと仮エースを観にLegendへ足を運んだ。
それから2年後、SOMECITYが誕生した。さらに翌年、ぬまと仮エースが所属するストリートボールチーム・「勉族」がSOMECITYレギュラーチームに加入する。僕がSOMECITYに参加する、9カ月前の話だ。
チーム戦で行われるストリートボールリーグ・SOMECITYでも、やはり彼等は異彩を放っていた。何せ、毎回チームがシャッフルされるLegendでさえ、彼等のうちどちらか一方がいるチームはバラエティ色が強くなるのだ。その二人が常に同じチームでプレーする勉族は、常にSOMECITYにおける紅一点ならぬ笑一点だった。どのチームの誰にも真似できないオンリーワンだった。7年間、彼等は彼等にしか出来ない役割を果たし続けた。何故かJ-POPの入場曲には、自然と手拍子が生まれた。試合中にも関わらずDJの音楽に合わせて踊りだし、子供みたくコートに乱入するベンチ。初代アドバンテージルール職人・#8 イデイ。K-TA(F’SQUAD)にCHIHIRO(平塚Connections)にTAKU(元TEAM-S/現NBDLアースフレンズ・ヘッドコーチ)にスコ抜きされ、ボコボコにされても笑いが取れる彼は、(アドバンテージルールの趣旨にそぐわない存在だったかもしれないが)初期の勉族と勉族ファンにとって間違いなく欠かせない存在だった。終盤まで優勢にゲームを進めながら、無駄なムーヴでスタミナを消費してガス切れを起こして、ラストプレーで逆転負けを喫した試合も少なくない。負けて尚、彼等はエンターテイナーだった。唯一彼等がCHAMPIONになった、2011-2012 2ndシーズンのPLAYOFF。最後にぬまが放った3ptがブザービーターに変わった瞬間を、泣き崩れた彼を支えるチームメイトの姿を、僕は一生忘れないだろう。その後のTHE FINALでメンバーが集まらずサクッと1回戦敗退に終わったことも、多分一生忘れないと思う(笑)#11 ヨースケ(現TKbjリーグ・信州ブレイブウォリアーズ)と#17 ヤス(現TKbjリーグ・大分愛媛ヒートデビルズ)、2名のプロフェッショナルボーラーを輩出していることも忘れてはいけない。平日ど真ん中の仕事終了後に行われる柏~川崎間の大移動は、僕達が想像する以上に過酷だったはずだ。主力メンバーが間に合わず、GAME1に登場する日は大抵ボロ負けしていたっけ。珍しくアドバンテージルールに登場した#1 ぬま がレフェリーをスクリーンに使ってレイアップを決めたのには笑ってしまった。Wヘッダーで2連敗したにも関わらず#6 仮エースが3ptシュートを無茶な体制から何本も沈めてMIPを受賞したこともあったな。何度も入替戦を経験したけど、SOMECITY CRASHに負けたことは只の一度も無かった。尻に火が着いて後が無くなった貴方達は、本当に強かった。僕は、今でも後悔している。第5戦のプレビューを書く前に、勉族の自動降格の可能性があることに気付かなかったことを。もし気付いていれば、触れていれば、書いていれば、結果は違ったのかな。いつもみたいに#96 ダークロを含むフルメンバーで臨んでいたのかな。そんなのおかしいって分かってる。誰が相手だろうと、誰を欠いていようと常に自分達のバスケットボールを貫けるチームこそが、このイエローコートに立つべきだって。そんなこと十分分かってるんだよ。でもね。頭では理解していても割り切れないことだってあるんだよ。別に何処か特定のチームに降格してほしいわけじゃない。SOMECITYから勉族が居なくなることが、堪らなく悔しくて悲しいんだよ。開幕4連敗をくらった、今シーズン第4戦が終わった後のインタビューで、ぬまさんは「ここだけの話な、降格しても良いと思ってるんだ俺は」って言ってた。それが100%本音じゃないことも分かってた。世代交代が上手く進んでないことなんて誰の目から見ても明らかだった。それでもベテラン陣は、7年前と変わらずチームを牽引した。#3 てる、#58 魚住、#33 ジョンコヤマら辛抱強く使い続けた若手が、ようやく戦力として計算出来るようになったシーズンだった。
2016年1月6日、SOMECITY 2015-2016 TOKYO 2nd第7戦。平塚Connectionsと行われた昨日のシーズン最終戦に、久しぶりに勉族メンバーが全員集合した。DJを務める KENKENさんが、彼等の大好きなJ-POPを繋ぐ。結果にこそ恵まれなかったが、最後の最後で最後まで、彼等は観客を巻き込む笑バスケを、タイムアップの瞬間まで自分達のスタイルを貫いた。試合終了後、試合に勝利した平塚Connectionsが足早に退場し、敗れた勉族がイエローコートに残った。自動降格が決まったチームのカーテンコールなんて、前代未聞だ。でも、きっとあの場に居た全員がそれを望んでいたんだと思う。
代表・ぬまが振り絞った感謝の言葉と共に、勉族のSOMECITYが、その幕を閉じた。
僕がこの非日常に足を踏み入れたキッカケは、貴方達でした。
僕にバスケットボールの面白さを教えてくれたのは、貴方達でした。
数えきれないほどの笑いと感動を、どうもありがとう。
7年間、本当にお疲れさまでした。改めて書くと「7年」ってすごいよね。
流石に疲れたと思うから、少しだけゆっくり休んでください。
でも、その代りすぐ戻ってきてくださいね。
貴方達の居ないイエローコートで、僕が憧れた、
強くて楽しい勉族の帰りを待ってます。
2016/1/6 高円寺の自宅にて
石井ジョゼ


