前回の「腫瘍の可能性を指摘」の続きです。
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2018/12/21(金)〜12/24(月)
その日帰宅した夫に、産婦人科で先生に言われたことを改めて直接全部伝えました。
ネットで調べると、もし仙尾部奇形腫だった場合、お腹の中で赤ちゃんが死んでしまうこともあること、
もし無事に産まれたとしても腫瘍の状況によっては足の運動機能や排便・排尿機能に障害が残ることもあること、
などが出てきていました。
この日夫と話して、もし本当に仙尾部奇形腫と診断された場合どうするのか、
中絶を判断するのなら22週までなので、産むのか産まないのか、夫婦で覚悟を決めておかなければならないと思っていました。
話している間私はずっと泣いていましたが、夫は終始落ち着いていました。
普段から私よりも楽観的な夫で、いつもはその楽観さにイライラすることも多いのですが
、
この日ばかりは、不安でたまらなかった私はその楽観さに助けられました。
色々な情報を踏まえた上でも、
お腹の中で今も赤ちゃんがポコポコ動いているのを感じるのに、
中絶はやっぱり考えられないと思っていました。
もし障害が残ることになっても、私が仕事を辞めてサポートに専念することに
したいと思っていることを伝え、夫も賛同してくれました
***
ちなみにこの時12/22から24までは連休だったので、大きな病院での詳細な
検査の予約が取れたのは、12/25(火)が最速(最早?)でした。
それまでの間、本当にお腹の赤ちゃんが仙尾部奇形腫なのかどうかが確定しないまま、
モヤモヤしたまま3日間も過ごさなければならないことが、精神的にとてもとても
辛かったです。。
覚悟は決めたものの、その後の3日間、私は本当に情緒不安定だったと思います。
このようなことになるとは予想していなかったので、
もともと連休中には4歳長男を連れて軽井沢に一泊旅行に行く予定でした。
こんな気持ちで旅行に行くのも迷いましたが、
家にいても何もできることはなくモヤモヤするだけなので、予定通り行くことにしたのです。
もう色々と分かる年の4歳長男に悟られてはいけないと思い、元気に振る舞おうと
していたのですが、どうしても不安な気持ちが抑えきれずに涙が出てくる時があり、
「ママ、どうしたの?なんで ないてるの?
だいじょうぶ?」
と長男に励まされてしまいました。
何も事情を知らない彼にとって、急にママが泣き出してさぞビックリしたのでしょう。
(いかん、いかん…)と気を持ち直して、無理やり笑って過ごしていました
普段そこまで気が回るタイプではない夫も、
この時は私の気持ちに無条件に寄り添ってくれて
「とにかく火曜の診察を待とう、
色々と確定してからしっかり考えよう」
と言ってくれたり、
いつもは夜中に起きたりしませんが、泣いて眠れない私を心配して起きてくれたりしました。
お腹の赤ちゃんのことも心配だったでしょうが、私の心の方もとても心配してくれました。
旅行中は、前から息子が行きたがっていたおもちゃ王国に行けたのでとても喜んでくれて、
その姿を見て
「この子がいるだけで既に十分幸せだから、
何があっても乗り越えられる、大丈夫…」
と、前向きに考えられたりもしました
↓軽井沢で雪遊びを堪能する長男↓
→次回、成育医療でのエコー検査・確定診断のお話です
