21歳の時、受けていたオーディションに全て落ちた私は
それでも歌の道を切り開きたく
バレンタインの夕方
始めてのストリートライブをやった。
音楽を聴いてくれるのは審査員ではなく
一般の人たち。
みんなに私の歌は届くだろうか…
その答えを知りたくてストリートに立った。
買いたての譜面台の開き方が分からず
真冬の駅の通路の地べたに座り寒さと緊張で震えながら歌った。
一人の男子高校生が立ち止まってくれた。
歌を聴いてくれて拍手をしてくれて。
それから親切に譜面台も開いてくれた。
「次いつ来るんですか?」
人生で最初のお客様だった。
自分の可能性に光が差した瞬間だった。
それから定期的にストリートライブを続け
ファンが少しずつ増え始めた。
1年程活動をし
それから8年間活動休止
再び歌いたいと思いながらも
母親であること、そしてブランクがあること
そんなことを言い訳にして
あっという間に8年が経った。
再び歌うことのきっかけになったのは「東日本大震災」あの日、私の住む宇都宮も震度5強あり被害も多くあった。
いつまでも生きてるなんてありえない。
このまま好きなことをしないで死んでしまうかもしれない。
歌わずにいたら後悔する人生になる。
震災があり、そう思うのに
まだ勇気が出ない私の背中を押してくれたのは
「秦基博」さん。
彼の歌声が偶然ラジオから聴こえてきて
引き寄せられ、すぐにCDをレンタルし
今までに発売されている曲も全て聴いた。
どの曲も良くて、何よりもその歌声が大好きで
辛い時、泣きながら秦さんの歌を聴いていたこともあった。
秦さんの歌声に私はどれ程救われたか計り知れない。
今度は自分も人に力を与えられる歌い手になりたい。
そう思うようになった。
歌の力を自分が感じられたからこそ
人にもそれを伝えたいと思った。
そして2011年、31歳の時
音楽活動再開
どこに告知することもなくストリートを始めた。
まだ自信がなかったから。
ストリートライブの他にイベントライブにも勇気を出して出演し
私の想いに共感してくださった方が次のイベントを紹介してくれた。
それからは、次々とライブが決まり
誰にも知られていなかった私の歌が
今では、たくさんの方に聴いていただけるようになった。
全ての始まりは「諦めなかった」ことからのスタート。
夕暮れを見て今日が終わってしまうと思うかもしれないけれど
「今日の終わりは明日の始まり」
「終わりは自分次第で、始まりにすることが出来る」
私はそう思う。
これから新しいことが始まる。
環境が変わるかもしれない。
だけど、どんな時も人に何かを与えられる人でありたい。
もらえる喜びよりも
与えられる喜びの方が遥かに幸せだと思うから。
笑われたってバカにされたって
それは1つの価値観
いちいち気にする必要はない。
私は私を応援してくれる人に感謝をし
歌い続ければいい。
上手くやることよりも
たくさんの失敗を経験していこう。
そうしていれば、いつの間にか上手くなっているはず。
良い時も悪い時も自分のことのように
一緒に喜び泣いてくれる人達が私にはいる。
だから、安心して失敗出来る。
みんなに喜んでもらえるように
これからも良いお知らせが出来るように頑張ります。
私が初めてストリートライブをしたJR宇都宮駅東口通路。
18歳から音楽の道を志した私は
音楽を始めて20年後
また新たな決断をした。
秦さんの「虹が消えた日」を聴きながら
消えてしまった虹のその先へ
いつか架かる橋を もう一度信じて
歩き続ける
私はまだまだ歩き続けます。



