「ライフ・レッスン」の感想が見つかりました。
過去による経験から先入観を抱き、前に進まずに幸せや喜びを得るチャンスを逃している。
恐怖心からだと本には書かれていた。
確かに人は、嫌な経験は二度としたくないと思う。
なるべく避けるようにする。
しかし、怖いものは怖い。
人は様々な事から乗り越える力持っているとも書いてあったし、悲しみはいつかは癒えるものだ、それに気付かなければならないと書かれてあった。
私は思う。
恐怖に怯え前に進めなくても、悲しみで塞ぎ込んでいても、自らの力を見付けられなくても信じられなくても、チャンスを逃していても
不幸ではないと。
あ~すれば良かったと気付いた時には死が目前で、後悔したとしても
それは不幸ではないと。
嘆いたことだって、恐怖に怯えたことだって
人が一生懸命生きてきたことには変わりはないのだから。
愛の出し惜しみについても書かれていた。
愛してもらえないから、愛を与えない。
相手が自分にしてくれること、してくれないことよりも、自分が出し惜しみすることのほうがずっと深刻な問題であると書かれていた。
私は、ダメだなぁ~(笑)
与えてばかりで報われないなら、与えたくなくなっちゃうよ。
純粋無垢に人を愛せるなんて出来るのかな?
日常的に大切に扱われていない物は、ちゃんと機能するかも分からないし
ましてや、どこにあるのかすら分からないのではないか。
きっと埃まみれで部屋の隅に乱雑に置かれている。
それを宝物だ、愛着のあるものなのだから捨てないで欲しいと言われても
既に捨てられている可能性だってある。
愛とは、日常的に大切な存在だと確認できるものではないかと私は思う。
相手が求めたのがどれくらいで、自分がどれだけ与えられたかなんて分からない。
だから伝えたり確認したりする。
自分は相手ではないし相手も自分ではないのだから。
分からないことは確かめるしかない。
以心伝心なんて、そんなロマンチックなもので繋がれるなら苦労はしない。
相手がこちらに愛を向けてくれないなら、こちらも与えなくなってしまうのは当然のことではないのだろうか。
始めから諦めてしまわずに
長い年月、ひた向きに愛を与えてきたからこそ、私はこの答えにたどり着いた。
決して軽々しいものではない。
共感できることもたくさん書かれていましたが、やはり死に直面しなければ感じ得られないことだということも確信。
今の私は…死を少し身近なものに感じています。
それは、胸のしこりを除去し病理検査しなければ何なのか分からないから。
この本を借りようと図書館に行ったとき、ふと自分のしこりについて書かれている本を手に取り、ページをめくり…
真っ暗になりました。
稀とは書かれていましたが、ここまで悪いもので最悪死に至るものでもあるということを初めて知りました。
読まないほうが良かったと後悔しました。
でも、読まないまま、もしその時を迎えることになったら…
それはそれで、後悔したかもしれませんね。
もっと早く知っていればと。
でも、その時は読んでも読まなくても、起こることは起こり、変えることの出来ない事実になることも確かです。
まだ分からないことだから、不安は不安ですが、それに固執しないで(体を気づかわないわけではないです)毎日を私らしく変わらずに過ごしていきますよ。
どうか心配しないでくださいね。
まだまだ歌いたいし♪ヽ(´▽`)/