江戸時代から交通の要衝だった
東京湾の中心地に生まれた
船橋ソースラーメン
船橋には、もうずいぶん前から「ソースラーメン」というものがあると聞いていました。醤油ラーメンであれば、いわゆる中華蕎麦・ラーメンの定番ですが、いったいソースラーメンとはどんなものなのか、その正体を確かめるべく船橋に向かいました。
千葉県船橋市は、JR総武線、京成線の船橋駅、東京メトロ西船橋駅などを中心に9路線の鉄道が走る、人口63万人を超える大都市でです。
こうした乗り換え・ターミナル駅にはたいていサラリーマンたちが勤め帰りに駅前で「ちょっと一杯」という、いわゆる飲み屋街、繁華街が発達するものです。船橋駅前も例外ではなく、駅を降りて南口から京成船橋駅の間に幾筋かある細い路地を入ると、案の定居酒屋や赤提灯、スナック、中華食堂などが肩を寄せ合うようにひしめいています。
まずは、「船橋ソースラーメン」を食べる前に、船橋の街を散策することにしました。
●小舟をつないで橋にしたのが
「船橋」の地名の由来
海老川橋
「船橋」の地名の発祥となった海老川橋。橋の欄干から船の船首が突き出したオブジェがユニーク。
海老川の13の橋には、かつて船橋に滞在した太宰治のレリーフなどがデザインあれたり、船橋にゆかりのある人物やモニュメントがあしらわれている。江戸時代には、船橋村と呼ばれ、明治22年に船橋町となった。
京成船橋駅から一駅の大神宮下駅に。船橋駅からでも徒歩10分圏にある船橋大神宮は、正式には、意富比神社と呼ばれ、日本武尊が関東に遠征をした際に建立され、1900年以上の歴史を持つといわれる船橋市内最大級の神社です。長い参道の奥に鎮座する本殿の敷地には、常磐神社という日光東照宮を模した造りの黒い漆壁に金色の箔金で装飾された神社があります。かつては徳川家康が御神体を寄進し、2代将軍秀忠が造営した小さな祠だったようですが、幕末の戊辰戦争の戦火に焼かれ、近年、現在の社殿が再建されたものだとか。
灯明台
大神宮境内に建つ「灯明台」。江戸時代には、船橋大神宮にあった常夜灯が沿岸を行く船の目印になっていたが戊申戦争で焼失し、その後地元有志の寄付により1880年に再建され、明治政府公認の私設灯台として、15年間活躍した。高さ約12mで、1階と2階が和風、3階が洋風の造りになっています。
大神宮境内にある「常磐神社」は、江戸時代には、日光に参詣ができない人は、船橋にお参りすれば「伊勢日光参拝いたし候も同じ」と上意があったといいます。
大神宮から船橋駅方向に、商店街を歩いていくと海老川という運河にかかる海老川橋があります。この橋の欄干には、船の舳先が橋から突き出したようなオブジェがあり、「船橋地名発祥の地」とあります。
かつてこの海老川は、いま見るよりも川幅が広く水量も多かったため小舟を数珠つなぎに並べ上に板を渡して橋の代わりにしたことから「船橋」という地名の発祥になったということなのです。この海老川にかかる13の橋には、船橋の歴史やエピソードを記念した様々なオブジェがあるということです。
この橋を渡ると、「日本一小さい東照宮はこちら」という案内板を発見。路地を入っていくと、徳川家康が狩猟に行く途中に宿泊した「船橋御殿」の跡地とされる場所に、小さな祠ですが、家康を祀ったという小さな東照宮がありました。
かつて御殿通りと呼ばれたこの一画には、江戸時代から続く老舗の建物がいまも残っています。そのうちの一軒、染物店「つるや伊藤」を訪ねてみました。創業当時の佇まいを今に伝える建物のガラス戸に貼られた平成31年と染め抜かれた「干支手拭いあります」に惹かれて店内に入ると、5代目で社長の伊藤吉之助さんが、仕事の手を休めて取材に応じてくれました。
伊藤さんは本業の染物のほかに、これまで長年に渡って様々な文化・慈善活動にも携わり、船橋駅の東武デパート前に設置されている慈善募金のためのブロンズ像「さざんかさっちゃん」基金の提唱者の一人で初代の同ブロンズ像の建設委員長なども歴任してきました。
同店の創業は安政元年(1854年)、ペリーが浦賀に来港した幕末の頃、今年で創業165年目。創業以来「染め・織物」を中心に「旗・幕・のぼり・のれん・手拭」などの〝印染め〟から祭衣裳・祭装束、緞帳・諸幕、さらに舞台装置までを扱っています。
伊藤さんの祖父は、作家の太宰治が昭和10年7月から1年3カ月、東京から当地に移り住んだそのときに着物の洗い張りを請けたのだそうですが、その代金は貰いそこねたと言います。
つい数時間まえに筆者が駅改札に降りたとき、母が子どもを抱えて座っているブロンズ像に思わず何だろうと思ったものですが、その仕掛け人が伊藤社長だったときいてびっくり。伊藤さんは、現在も市内にあるアンデルセン公園の手拭いを制作するなど、76歳の今も現役で地元・船橋のために活動しています。
2014年船橋市とオーデンセ市の姉妹都市提携25周年を記念して制作した「ふなばしアンデルセン公園・花と緑の手拭い」を持つ「つるや伊藤」の伊藤吉之助社長。
● 「船橋ソースラーメン」に加え、ホンビノス貝がブレークの予感
夕方6時に開店するという京成船橋駅南にある「ラーメンBAR 963」に到着。さっそくお目当ての同店特製の「船橋ソースラーメン」を注文。湯気からはほんのりソースの香りが漂い食欲をそそります。細打ちの麺にからみつくスープはソース味のくどさがなく、隠し味に麻辛醤を加えてあるというだけに、少しピリ辛で、意外にもあっさりとして食べ易くクセになりそうな味です。
船橋ソースラーメン
「船橋ソースラーメン」。ソースの香りとまったりした味わい。これはクセになる。850円。
「船橋ソースラーメン」は、戦後、京成船橋駅近くにあった中華食堂が発祥といわれ、味噌や醤油の代わりにウスターソースを味のベースにしたラーメンとして、船橋や西船橋周辺の古くからある店で提供されてきました。2012年にソースラーメンプロジェクトが起こりご当地グルメとして取り上げられ、市内のいくつかの新しい店もプロジェクトに参加してちょっとしたブームになったのでした。現在はブームも少し落ち着いてきて、船橋ソースラーメンには決められた共通のレシピはないので、各店ごとに独自の工夫をなされているようです。
ホンビノスラーメン
船橋が日本一の漁獲量を誇る、船橋の新名物・ホンビノス貝を使った「ホンビノスラーメン」(850円)。
「963」では、最近船橋で水揚げされるホンビノス貝を使った「ホンビノスラーメン」を、船橋の新名物メニューとして提供しています。スープは貝から出る出汁が利いて、これも絶品の味です。
ホンビノスラーメン
船橋が日本一の漁獲量を誇る、船橋の新名物・ホンビノス貝を使った「ホンビノスラーメン」(850円)。
ホンビノス貝は、北アメリカの大西洋岸が原産の外来種ですが、近年捕れなくなったハマグリやアサリに代わって、値段の安さもあって人気が出ているといい、船橋の飲食店でさまざまなアレンジで調理され、これから船橋の名物になりそうな勢いなのだそうです。ハマグリより少しこぶりで、アサリより大きいという感じの貝ですが、日本では98年頃に千葉市で初めて発見され、2005年頃から船橋港で水揚げされるようになり、現在では日本一の漁獲量になっているそうです。
船橋の意外な歴史と名物ラーメンと新名物を堪能できた町歩きでした。
(キャプション)つるや伊藤外観
染物・旗幕・祭り用品・神楽面「つるや伊藤」
住所:船橋市本町4-31-25
アクセス:京成船橋駅より徒歩6分
電話:047‐424-2277
営業時間:9時~19時
定休日:不定休(日曜日は要連絡)
ホームページ:
さざんかさっちゃん
マンガキャラクターを使った日本初の民間募金といわれる「さざんかさっちゃん」のブロンズ像(募金箱になっている)。船橋駅構内の通路にある。
らーめ&BAR 963(クロサン)
電話: 050-5595-7261
住所:千葉県船橋市本町2-27-20
アクセス:京成電鉄京成本線「京成船橋駅」出入口1番から徒歩4分
営業時間:18:00~翌4:00(L.O.翌3:00)
定休日:不定休








