かつて、昭和時代にこんなワイドショーがありました。現在も続く能天気なテレビのワイドショーの原型を作ったとも言える、画期的といえば言えるかもしれないテレビ番組であろうかと。
 この番組、キー局では、名前の通り、正午から1時間の枠で放送されていたのですが、私の見ていた地方局では、3時から放送されていたのでした。なので小学生の私は「アフタヌーン」という英語は、3時を意味するものだとばかり思い込み、中学に入ってその本当の意味を知って、愕然としたものでした。
 この番組、MCが何人も交代していまして、落語家の桂小金治さんが、「怒りの小金治」のキャラで一世を風靡した時もあり、最後は川崎敬三さんの司会で、いろんなブームを起こしました。どうでもいいような事件を取り上げてこれをパネルで説明する山本耕史さんの事件レポートは、その頃ブームだった「ザ·ぼんち」の漫才のネタにされて、A地点からB地点まで、なんてのがギャグのブームになったわけです。それから、梨本勝さんの芸能突撃レポーターとか、あの番組は、まさにあの頃のオバカなマスメディアを見事に象徴していたのではないかと、今、回想して見る次第。
 とにかく大衆受けを狙う、こうしたマスメディアが必然的に向かってしまう方向に、この番組は突き進んでしまい、最期はスクープドキュメンタリーに「ヤラセ」の疑いありとして、担当ディレクターの逮捕、関係者の自殺といった、大変な騒ぎが勃発、急遽打ち切りという悲惨な終わり方をしています。
 それはともかく、私個人に印象深く記憶されているのは、その頃のマスコミ知識人の存在でした。川崎敬三さんの時のアフタヌーンショーには、竹村健一氏とか、伊丹十三氏とかの、知識人がコメンテーターとして出演していて、彼らと、庶民派代表みたいな川崎敬三さんとのやり取りが、私にはひどく面白かったですね。
 母親による、赤ん坊殺害事件などという悲惨な事件を取り上げた時、伊丹十三氏は、その頃流行っていた心理学者、岸田秀氏の、人間は本能が壊れている存在で母性本能などというものは、共同幻想だ、という説をふまえて、発言してみせると、凡人代表の川崎さんが、そんなはずはないと必死に、悲しそうな、困ったような表情で、反対する。
 竹村健一氏が、遅れてきて、本番中に現れて、「今日は何をやるんや?」などと偉そうにのたまえば、これまた悲しそうな、困ったような表情で
 「先生、そんな言い方はないでしょう。こっちは何時間も前からリハーサルして番組やってるんですよ。それを遅れてきて、いきなり、『今日は何をやるんや?』は、ないでしょうに。」などと本音を言う、こういうところが、楽しい。
 見てはいませんが、ヤラセ事件で哀しい幕引きをする時も川崎敬三さんは、あんな困った、悲しい、表情で語っていたのだと思います。
 メディアの主流がネットに移ってしまった今、あの頃からメディアは進化したのかな、ふと、思います。人間のやってることは、あんまり変わらないのかな、とも。