森の中に、一羽の鳥がいました。
その鳥は、空を見上げては、思っていました。
あんな風な羽を持てたらいいな
そうしたら 自分の望んだ場所へ すぐにでも 飛んで行けるのに
羽 僕はせっかく羽が生えているのに
飛べないんだ
意味のない 飾りがいっぱいくっついているようなものさ
大空を、一羽の鳥が、悠々と飛んでいくのが見えました。
自分とはちがうあの鳥は、どこへ向かって飛んでいくんだろう。
そう、この鳥は、体が大きくて、飛べない鳥なのです。
「お母さん、見て。鳥の羽だよ」
小さな男の子が、一本の羽を、自慢げに拾い上げました。
「まあ、素敵ね、じゃあ、その羽は帰ったらお父さんにあげましょう」
飛べない鳥は不思議でした。
男の子が拾い上げたのは、自分のとはちがう、軸のしっかりとした、白い羽でした。
そんなもの、拾ってどうするんだい?
ひねくれた心は、そうかんたんには戻りません。
飛べない鳥は、男の子とお母さんのあとを、そっとついていきました。
「お父さん、これ拾ったよ」
男の子が、白い羽を差し出しました。
「ああ、これはとても便利そうだね」
お父さんは、白い羽の軸を、インク壺に入れて、さっそく手紙を書きだしました。
その様子を窓から見ていた飛べない鳥は、とてもかなしくなってきました。
大きな空を飛べる鳥の羽は、落ちてしまってからも、何かの役に立っているのです。
飛べない鳥は、自分のふさふさの羽を見ました。
いっぱいくっていているだけ
なくなったって、かまわないのに・・・
飛べない鳥は、とぼとぼと森の中へ、帰っていきました。
今日も飛べない鳥は、森の中を歩いていました。
晴れてはいるけど、とてもさむい朝でした。
えさになりそうな虫を探したり、大空を見上げては、ため息をついたり。
そんなとき、葉っぱの上に、一匹の小さないも虫の親子を見つけました。
鳥と目があったいも虫の親子は、震えあがりながら、こう言いました。
「鳥さん、鳥さん、私達を食べるつもりなのですか?」
「もちろん、そうだよ」
飛べない鳥は、答えました。
「待ってください、もう少し、長生きしたいんです。」
「どうせ長く生きたって、君はいも虫、僕は飛べない鳥だよ」
「ああ、ではどうか、鳥さん、あなたのそのふさふさの羽の間で、この子を休ませてください。寒くて体が震えているんです」
そう言うとお母さんいも虫は、葉っぱの上でジャンプしました。そして、飛べない鳥の羽の間に、子供のいも虫の体を飛ばしました。すると、子供はすっぽりとふさふさの羽の間におさまりました。
「ああ、あたたかい、鳥さん、ありがとう」
飛べない鳥は、不思議なでした。
何の役にも立たないふさふさの羽なんて、なくてもいいと思っていたからです。
この羽は、同じように自分の体を守っていてくれたのかな・・・
そんな風に思うと、羽のいちまいいちまいに、もうしわけない気持ちになってきました。
飛べない鳥は、しゃがんで体を震わせて、子供のいも虫を地面にそっと落としました。
「鳥さん、ありがとう」
子供のいも虫は、おかあさんいも虫のいる葉っぱの方へ、戻っていきました。
飛べない鳥は、元来た道を、歩いていました。
自分も何か、役に立てるのかなあ、そうしたら、もっとじぶんのことを、好きになれるかなあ・・・
自慢できる羽を持っていなくて、大空を飛べない自分
何の役にも立てなくて、生きている意味があるのかなあと思っていた自分
そんなことを考えながら、森の中を歩いていると、若い男がスケッチブックを広げて、座っていました。
「やあ、鳥さん、調子はどうだい?よかったら、君を描かせてくれないか」
「いいよ、僕でよかったら」
二人は向かい合って、おしゃべりをするでもなく、ただ黙っていました。時々、男が鉛筆で、飛べない鳥の線を描く、音だけが聞こえてくるだけでした。
「ねえ、僕は君の役に立っているのかな?」
「役に立つって、なんだい?」
飛べない鳥は、続けました。
「だれかの役に立っていたら、もっと自分のことを好きになれるかなって・・・」
「じゃあ、役に立っていないと、自分を好きになれないのかい?」
若い男が、続けました。
「今日自分は、だれかの役に立っていないと、生きていちゃいけないのかい?」
飛べない鳥は、返す言葉がみつかりません。
「そのままの君でいちゃ、いけないのかい?」
「僕は・・・」
「君の羽、最高にきれいだぜ。だから君を描きたいと思ったんだ。俺は君みたいにきれいな羽は持っていないけど、こうして毎日絵を描けるだけで、最高に幸せだ。俺は絵を描けるこの手があって、幸せだ。それだけで、充分、自分のことも、自分の人生も、楽しんで生きていけるよ」
「だれかの役に立っていなくても?」
飛べない鳥は、不思議そうに聞き返しました。
「俺が俺でいる。俺が自分を認めている。俺が自分を好きでいる。だれかのことより、まず自分のことを、いいやつだと思っている。そうして始めて、他のやつらのことも、好きになって、認めてあげられるよ」
飛べない鳥は、自分のことを、思い返していました。
空を見上げては、あんな風な羽を持てたらいいなと思っていた自分
意味のない、羽をくっつけていると思っていた自分
羽があるから、寒くないことに気がついていなかった自分
役に立てないと、存在しちゃいけないと思っていた自分
自分のことを一度も、好きだと思えなかった自分
でも少しは自分のことを、見直してもいいのかなと、思えてきた自分
心がしゃんとして、すこしだけ、誇らしげな気持ちになってきました。