森の中に、一匹のリスがいました。
彼の名前は、リスのトビー。どんぐりを集めたり、なかまたちと追いかけっこをしたり、だれがいちばん高い木のてっぺんまで登れるか競争したり、毎日森のなかまたちと、楽しく暮らしていました。
そんなトビーに、気になるリスがいました。
彼女の名前は、セシル。なかまたちの中でもいちばん可愛くて、いちばんかしこくて、そしてなにより、しっぽの模様がきれいでした。
トビーはなんとかして、もう少しセシルとなかよくなりたい、セシルも僕のこと、そんな風に思ってくれたら・・・そんなことを願うようになりました。
なかまたちと、だれがいちばんたくさんのどんぐりを集められるか競争したときは、だれよりもはりきって、おおきなどんぐりを集めてきたり、木登りをするときは、だれよりもすばしこく駆け上がって、いちばん高いところから、下を見下ろしていました。
もちろん、そんなトビーのことをなかまたちは、「やあ、トビーにはかなわないなあ」とほめちぎってくれました。
でも、そんなとき、トビーがセシルのことをちらっと見ても、セシルはにっこり笑うだけ。その笑顔が、ほんとうに、自分のことをほめてくれているのかどうなのか、トビーにはちっともわからないのです。
そしてそのことが、トビーにはとても気になって仕方がないのです。
ある日のこと、トビーは一頭のトナカイに出会いました。トナカイの立派な角を見て、トビーはカッコイイ!!と憧れました。
「ああ、あんな大きくて素敵な角を持っていたら、セシルも僕のこと、見直してくれるにちがいない。そうだ、今度の月夜のダンスの夜には、あの角を頭にのせて踊ろう」
森のなかまたちと、満月の夜にくりひろげるダンスの宴に、トビーはどうしても、トナカイの角をのせて、踊りたくなったのです。もちろん、セシルにパートナーになってと申し込んで・・・
そう思ったトビーは、トナカイに話しかけました。
「トナカイさん。立派な角を持っているんだね。僕も君のような角がほしいな」
すると、トナカイは答えました。
「いいよ、僕の角は秋になると生え変わるんだ。そのとき、古くなった角を君にあげるよ」
トビーの目が輝きました。
「ありがとう、トナカイさん」
秋が深まってきて、とうとうトナカイの角が落ちました。
「さあ、リスさん、持っていっていいよ」
トビーは角に手をかけました。でも、重たくて、持ち上げることさえできません。
それもそのはずです。トナカイの角は、セシルの体の何倍も大きいのです。
「ああ、トナカイさん、せっかくくれたのに、僕はどうしたらいいんだろう」
セシルに見てもらいたかったのに・・・
トビーは悲しくなってしまいました。
「何を言ってるんだい、リス君。君には立派な歯があるじゃないか。それで、君の頭にのせられるくらい、ぴったりな大きさにけずってごらんよ」
トビーの目がまた輝きました。うれしくなって、トナカイの角をけずりはじめました。
カリカリ カリカリ・・・ 来る日も来る日も カリカリカリカリ・・・
「これでどうだ!!」
トビーはトナカイの角を、じぶんのちいさな頭にのせられるくらいけずって、みごとなリス用の角をつくりました。頭に乗せられるように、じょうずにひもをかけてみました。
「明日、セシルに見てもらわなくちゃ」
トビーはわくわくして、なかなか眠れませんでした。
次の日、トビーは頭の上にトナカイの角をのせて、なかまたちの前に姿を見せました。
みんな目を丸くして、トビーのことをみつめました。
「トビー、それなんだい?」
「なにって、トナカイの角さ、どうだ、すごいだろう?」
「うん、トビー、すごいね。トナカイの角をのせているリスは君が初めてだよ」
みんなが、トビーをほめました。トビーは得意げになって、胸をはって、ちらっとセシルの方を見ました。
でもセシルは相変わらず、目が合うとにっこりわらうだけ。トビーの角をカッコイイと思ってくれているのか、なんとも思っていないのか、トビーには、さっぱりわかりませんでした。
だれにもわからないようなためいきをついて、トビーはとぼとぼと、家に帰りました。
それから何日か経って、トビーがいつものなかまたちに会いにいくとき、セシルとすれちがいました。
トビーはびっくりして、でもすましてセシルにはなしかけました。
「やあ、セシル、こんにちは」
「こんにちは、トビー」
そのままおたがいに顔をみつめました。トビーはいまにも心臓がとびだしそうな気持ちをおさえていました。
「ねえ、トビー。あんな角、なくてもいいわ」
トビーはびっくりして、こう言いました。
「なくてもいいの?でもみんなはほめてくれたけど・・・」
「でも、なくてもいいわ」
トビーはすっかりこまってしまいました。
「じゃあ、僕は何を持っていたらいいの?」
「なんにもなくて、いいわ」
そう言って、セシルはにっこり笑いました。
なんにもなくて、いい・・・
トビーはセシルの言っていることが、わからないようで、でもすこし、わかってきました。
「じゃあ、今度の月夜のダンスの夜、僕と一緒に、踊ってくれる?」
セシルはたった一言、答えました。
「ええ、いいわ」
次の満月の夜、トビーはセシルを迎えにいきました。おしゃれに見せる、蝶ネクタイもつけず、もちろん、あのいっしょうけんめいにけずった、トナカイの角もつけずに。
「さあ、行こう」
「ええ」
トビーは最高の気分で、ダンスの輪の中で、ただセシルの目をみつめて、踊りました。
なんにも持っていなくても、ただただ、セシルがそばにいてくれたら、それだけで、幸せでした。
そしてセシルも、ただにっこり笑って、トビーとダンスを楽しむのでした。