美濃部中尉 芙蓉部隊 | えこおのブログ

美濃部中尉 芙蓉部隊



美濃部中尉 芙蓉部隊




① 大東亜戦争末期 人命尊重の為に 全軍特攻を拒否 
夜間攻撃の通常攻撃にこだわり戦果をあげる。
 
最高責任者の大西中将も 美濃部中尉の特攻拒否を黙認(容認)


 

③新型の空冷エンジンの為 稼働率が悪く残存が多かった 
『(艦上爆撃機) 彗星』を採用

ドイツ ダイムラー社の水冷エンジンのライセンス生産の『アツタ32型』
しかし 空冷エンジンにしか慣れていない整備員がほとんどのため稼働率が悪い
30%

途中から エンジンを『水冷 金星32型』に変更したのが 彗星12型

開発は 海軍航空技術廠で当時の最新鋭の設計

製作は愛知航空機

○ WIKIよりコピペ 

比較的早くから二式艦偵を運用していた第三艦隊や沖縄戦での活躍で知られる芙蓉部隊では、豊富な予備部品とアツタに熟知した整備兵を揃える(メーカーで専門教育を受けた整備兵を教官にして自隊で教育する等)ことで、高い稼働率(芙蓉部隊では8割以上)を達成している。

昭和47年(1972年)にカロリン諸島ヤップ島の旧滑走路脇のジャングルで発見された一二型が、昭和55年(1980年)日本テレビの協力で回収され、陸上自衛隊木更津駐屯地において飛行機愛好家らの手により復元された。修復の模様はテレビ番組で放映された。現在は靖国神社の遊就館に奉納展示されている。テレビ番組の限られた予算と日数、専門技術を持たない愛好家の手による修復のため状態は良いとはいえないが、世界で唯一完全な形を保つ実機として貴重である[6]


彗星一二戊型(D4Y2-S)
一二型の偵察員席後方に20mm斜銃を追加した夜間戦闘機型。三〇二空を始めとする本土防空部隊と芙蓉部隊に配備。
彗星二二型(D4Y2改)








④戦果

以下コピペ
------------------------------------------------------------------------------

この間の芙蓉部隊の戦果もめざましいものがあります。

芙蓉部隊の進出した鹿屋飛行場では、まず飛行場への空襲を回避するため、使用中以外は滑走路に仮設小屋や立木を置いて偽装し、滑走路に家畜を引き入れて牧場風にしただけでなく、飛行機も木の枝などで徹底的に隠し、また到着した飛行機からはガソリンを全部抜き取って火災による損傷を最小限に抑えます。

そして、特攻機が飛び立つと、特攻機が米軍によってレーダー補足されないよう、特攻機の進撃方向とは全然別な空域に金属片を散布して偽装し、特攻攻撃を成功に導きます。

さらにロケット弾や、空中で爆発して爆片をまきちらす新型爆弾などを積極的に導入し、
4月6日には、嘉手納海岸周辺の米軍巡洋艦を撃沈。
さらに12日には、米軍が占領した嘉手納基地を急襲して爆撃。
16日には、同じく嘉手納基地、読谷基地を急襲して爆弾を投下。
20日から26日にかけて、策敵行動をし、敵機を迎撃し、
27日には、北飛行場を爆撃し、中飛行場、伊江島飛行場の米軍を爆撃、慶良間で米艦隊を銃撃し、係留してあった飛行機を撃破。
30日には、敵夜戦機をおびき出し、燃料切れまでひっぱり回した上で、飛行場を襲撃し、敵空母を大破。

こうして芙蓉部隊は、8月15日の終戦の前日まで、述べ630機を出撃させ、莫大な戦果をあげます。
その戦果に対して、損害は、47機のみです。
しかも終戦時点で、なお、50機の残存戦力を持っていた。

-----------------------------------------------------------------------