先日 父が亡くなりました。 (いきなり リアルな話ですんません)
享年70歳でした。
自営業の養鶏(卵屋さん)一筋でずっと体をはってきた父。
5年ほど前からパーキンソン病という難病を患い
体が思うように動かなくなり あちこちが痛い痛いって
毎日口癖のように言ってた父でした。
2月の終わりごろから 急に食べれなくなり歩けなくなって
「お父さんがICUに移動した!」と母から電話があり
慌てて見に行ったときには 顔つきが変わり
言葉も何を言ってるのか 分からない状態になっていました。
肺炎が悪化して 意識もなく荒い息をしている父。
医師から
「喉に穴を開けて機械的な人工呼吸器を取り付けるか
それとも 今している酸素マスクだけでよいか ご家族でご判断を。
酸素マスクだけなら 何日もつか分からない事を覚悟して下さい。」
と言われ 自然のまま楽にしてあげたいと決断し
それから10日ほどで父は息をひきとりました。
元気な頃は 頑固でわが道を行く父にうんざりしたり
嫌いになって辛く当たった時期もあったけど
すっかり弱りきって苦しんでいる父をみた10日間は
本当に愛おしく いろんなことを思い出しては涙が出るばかりでした。
看護士さんから
「こんな状態になっても耳の機能が一番最後まで残ってるんですよ。
だから最後の最後まで 精一杯の言葉がけをしてあげて下さいね。
お父さん ちゃんと聞いておられますから。」って言われて
「ごめんなお父さん。今までほんまにありがとう。」
ていう懺悔と感謝の気持ちしか出てきませんでした。
最後の息を引きとる瞬間
「お父さん ほんまに今まで御苦労様でした。ありがとうありがとう。。。」
と号泣してる母の姿を見ては泣け 本当にこれが最後だと思うとまた泣けました。
父が危篤の最後の数日 姉一家がどうしてもの用事で東京に行っていて
伊丹空港に帰ってきた飛行機の到着時間と ほぼ同時に亡くなった父。
きっと 姉夫婦や孫達が無事に飛行機を降りるのを見守ってから
息を引きとったのかな。。。って思うしかありませんでした。
ずっと頑固でわが道を行く父でしたが 最後の最後は
ちゃんと家族みんなを守ってくれたような気がしました。
父との思い出は 子供の頃 悪さをしては真っ暗な蔵に閉じ込められて
泣きわめいて おじいちゃんにこっそり出してもらってたこと。
勉強が大嫌いで 通信簿を見せる日は決まって何時間も正座で説教をされたこと。
でもその日以外はいつも大らかで よく遊んだり話したりしてくれたこと。
短大の時 学校がバカバカしく思えて 「中退して就職したい」
と父に相談したとき。 「今やるべき事を中途半端にする奴は
この先何をやっても中途半端な人間になる。」と言われ
父の一言のお陰でやり直せたこと。
社会人になってからも 私は父にたくさん迷惑と心配をかけ
「お父さんの急な白髪は 全部お前のせいやからな!」って
兄に怒鳴られた時期もありました。
父と過ごした10日間は 忘れていた懐かしいことを思い出しました。
素直になれず 辛く当たってしまった時期もたくさんあったけど
母と一緒に最後まで看取ることができ 悔いが残らない過ごし方ができたように思います。
お父さん 本当に御苦労様でした。本当にありがとう。
母のこと ずっと見守っていてあげてください。