『 今、私たちにできること 』
って言葉を、一日何回も見たり聞いたりします。
何もできずにいる自分を責めている人、
例えば、絵や音楽を生業としている人が
『 何を表現していいかの分からなくなった 』
とブログを休止されていたり。
でも思うのは
様々な悲しみや苦しみを
まるで自分のことのように一身に受け止めてしまっては
ダメなんじゃないかな。。。って思います。
これは、今回の地震に限らず
人生や世の中で起きる 何事においても。
私は何をしたかと言えば
自分と直接関わりがあり信頼できる機関数箇所に
義援金を送金したこと、くらいです。
でもそれはそれで仕方ないと割り切るようにしました。
割り切っては切ない気持ちの繰り返しですけど。
でも、自分が何かの役に立てる時って
その時って必ず何かの形で現れると思っています。
今、仕事や家庭で自分がいないと支障をきたすなら
目の前の必要とされる場所で、必要とされる人に
精一杯尽くすことが、今自分に出来ることだと思います。
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今、東北に向けて何もできない自分ですが
最近よく思い出すようになった
神戸の時のことをちょっと書かせていただきます。
当時、伊丹市で私も含めスタッフ3人で小さな会社をしていました。
地震が起きて、家の事よりまず会社が気になり真っ先に向かいました。
流通の仕事だったので、送った荷物も発注した商品も
どこでどうなっているのか調べようもなく
しばらく復旧の見通しも見えず仕事にはなりませんでした。
すぐに他府県の仕入れ業者や得意先から
「 大丈夫か! 」と連絡をいただき
被災地に持っていける救援物資や商品まで次々に届けられ
小さな倉庫はすぐに物資で埋め尽くされました。
新聞各社にボランティア募集の記事を出したら
一日に20人~30人近く次から次へと集まりました。
地震の数日後、まずは 「 水とおにぎり 」が必要と言われ
集まったボランティアの人たちと大量のご飯を炊き
おにぎりをひたすらにぎりました。
で、ここから問題が起きたのです。
このおにぎりを届ける人を選ぶということ。
神戸に向かう車の台数も制限されているし
全員で持って行くわけにも行かない。
まだまだ届く荷物の仕分けや、次の作業が山ほどある。
倉庫に残る人、おにぎりを現地に運ぶ人を決め
振り分けた途端、残る人の中から苦情が出てきました。
「 どうして自分は現地に行けないんだ! 」
「 被災地で直接、困っている人に手渡すことこそがボランティアだ! 」
と、ただ自分のしたいことだけを主張する熱気ムンムンのおじちゃま。
結局、じゃあ、この組織を辞めて自分一人で行けばいんじゃない?
と誰かが言い出し、おじちゃまは怒ったまま帰っていってしまいました。
『 おにぎりを作り、届ける 』という作業にも、様々な役割があります。
お米や物資を呼びかけ送って下さる人、
ご飯を炊く人、にぎる人、海苔や具材担当の人、
出来たおにぎりを包んでパックに入れる人、
それをどこに届けるか仕分ける人、車に積めこむ人、
渋滞の中長時間運転する人、で、直接手渡しをする人。
ボランティアの人の中には、私たち3人のことを気遣い
「 ボランティアのお世話に振り回されてしまっていて申し訳ない。
あなた達何日もろくに寝ていないでしょう 」
「 これもここにいる役割の一つですから 」
と私たち3人の食事を毎日作ってくれた年配の女性がおられました。
私にとってはこの年配の女性の
冷静でいて全体を見ている、目立たないけれど身近な人ををいたわれる
この人の存在がとても大きく、助けられていたように思います。
だんだん表向きには復興したと報道されるようになり
ボランティアの人たちも散らばっていきましたが
この女性が最後まで残り、細々と後処理をしてくれたり
相変わらず私たちの世話をしてくれていました。
もう連絡を取ることはないけど、今でも元気にされてるかな。
また話がとても長くなりましたが。。。
『 今、私たちにできること 』
って言葉を耳にしたり、何もできないと自分を責めている人を見ると
このおにぎり事件のことをよく思い出します。
それと、神戸の時もこんなに日本中、世界中の人達が
心を痛めていくれていたんだってこと、改めて知ったように思います。
↓ 現地のじろっぺさん 「コインランドリーからの。」 繋がりに ・°・(ノω・、) です。
http://ameblo.jp/jiroppe--chang/entry-10843353978.html
↓ OHANA大将の「魂で生きる」 この行動力に拍手です!
http://ameblo.jp/087315/entry-10838004879.html